『都市』第110号・2026年4月

【青桐集】
念入りに耳掻き使ひ冬に入る
火事場跡百科事典が焼け残り
親も子も寝てゐる列車夜半の冬
幻に猟犬吠ゆる杣の道
お焼香上手になりて虎落笛
【都市集】
いつの間に時が溶けゆく寒稽古
闇鍋の迷ひに迷ひ挟み上ぐ
冷たき手ラーメン丼長く持ち
石蕗の花想ひ出すのは秘めし人
餅花で汚れを隠すラーメン屋
1996年に真打に昇進した直後から、それまで自らを律し戒めていたことのいくつかを解き放ちました。たとえば、大学卒業以来遠ざかっていたカトリック教会へと再び通い始め、明くる1997年の復活祭には洗礼を受けましたし、ほぼ時を同じくして以前から興味があった俳句の創作を始めました。
創作とはいささか大げさな物言いですが、それには訳がありまして、ぼくに何よりも欠落しているのは、詩心です。ですから、俳句を読んでも、その良さが分かるのはごく僅かでして、じっさいのところ名句を前にしても、この句のいったいどこがそんなに好いのだろうと、じつにしばしば悩むことになるのです。
鑑賞には不向きだと覚ったぼくは、一転、俳句らしきものをでっち上げることならばできるのではないかと、今から思えば不遜なる錯覚をおかし、俳句を学ぶために句会へと生まれて初めて参加したのでした。
宗匠は立教大文学部の先輩、須川洋子先生です。先生は巷間云われるところの人間探求派の一翼を担う、加藤楸邨門下らしく、人生万般にポジティヴな句風を旨とする方でして、それが何事につけネガティヴな俳風を好むぼくにはうまく作用したようで、どうやら未だに、続いております。
その須川宗匠主宰の『季刊芙蓉』に掲載された句を以下に転載します。原則として1号あたり8句前後掲句されます。(★)を付した句は、須川宗匠とその後継宗匠による特選句です。
須川先生の没後、慶應義塾の先輩である中西夕紀先生と出会い、先生が主宰する結社、「都市」俳句会に参加し、現在に至っています。
中西夕紀主宰は、藤田湘子の門下で、2008年に「都市」を創刊しました。
『必携季寄せ』(角川書店、2003年)には、先生の下記の句が採られています。
一客一亭屋根替もをはりけり
闘鶏の赤き蹴爪の跳びにけり
空仰ぎ弁当使ふ四迷の忌
戸を開けて月の近さや氷頭鱠
貝焼の貝の中へも飛雪かな
何もかも丸く刈られし御命講
寒鮒にはつかな泥のたちにけり

【青桐集】
念入りに耳掻き使ひ冬に入る
火事場跡百科事典が焼け残り
親も子も寝てゐる列車夜半の冬
幻に猟犬吠ゆる杣の道
お焼香上手になりて虎落笛
【都市集】
いつの間に時が溶けゆく寒稽古
闇鍋の迷ひに迷ひ挟み上ぐ
冷たき手ラーメン丼長く持ち
石蕗の花想ひ出すのは秘めし人
餅花で汚れを隠すラーメン屋

【青桐集】
新松子宝のやうに枕許
口笛の練習重ね秋日和
想ひ出が押し寄せて来る秋彼岸
一羽だけ先に来てゐる渡り鳥
柳生 正名(海原・棒):鋭さを持つイ段音が七つ配され、先
駆けとしての孤高の姿を際立たせるーなど音韻性への繊細な感
覚が、描き出される写実的イメージに魅惑的な色どりと奥行き
を付加した作が印象に残る。
震へる手宥めながらに書く賀状
【都市集】
ポケットにあるだけ入れよ新松子
秋の声聞き独習も捗りし
いつまでも電話終はらぬ秋の夜
和からしを多目に付けて冬に入る
身に入むや歯磨きの手を腰に当て

【青桐集】
『日本政治史』終戦の日に再読す
皆出掛けひとり残さるる夏休み
取り敢へず西瓜叩きて走り去り
逆上がり出来ないままに夏終る
菅野 れい:夏の間中、毎日のように逆上がりの練習に取り組んだの
に、結局出来ないまま夏が終わってしまった。掌いっぱいのマメを見つ
めながら、切ない思いを噛みしめている。「出来ないままに」が効いて
いる。
猿山に喧嘩が絶えぬ太閤忌
【都市集】
試験終へ爽やかなりし教室棟
晩年が押し寄せて来て秋麗
鉄道社員座ることなく秋深し
先生も生徒も見上ぐ流れ星
初出勤何度も施錠秋の朝

【青桐集】
白地着て新幹線で京都まで
茂る草決勝ボール隠しけり
蜜豆を食ひても翻意ままならず
好きなものいくら食べても夏痩せて
打水の上をポンプ車走り抜け
【都市集】
試合止め神輿に見入る若人ら
道に迷ひて暑さしのぎに入る教会
団扇にてあふぐ人から眠りをり
青山椒寝惚け頭の目覚めをり
干梅を目の端に留め登楼す
「会員便り」
2016年4月に慶應通信に入学して9年が過ぎましたが、やっと卒業論文を提出できました。あとは、卒業論文審査と総合面接試問です。

【青桐集】
手の脂染む広辞苑百日紅
歯を抜かれ日傘を差して帰りけり
甘食を親子で分けてうららけし
雛飾り目の端に留め靴を履く
宮崎斗士(海原):雛の間に招かれ、その艶やかさによいしれたひととき。中
七下五から名残惜しさが無理なく伝わってくる。同じらん丈さんの「手の脂染
む広辞苑百日紅」にも共鳴。百日紅の花期の長さがよく働いている。
酔ひ醒めて風船に息吹き入れる
【都市集】
広辞苑軽く感ずる木の芽晴
空き家をば我が物顔に小鳥の巣
葉ざくらやその下で舞ふおばあちやん
親不孝あやめを見ては思ひ出す
滴りをいつまでも追ふ水面まで

【青桐集】
料亭のマッチ使ひてどんど焚く
眼の手術終へてまさぐる水仙花
春雨や釣り人の肩動かずに
陽炎を突つ切つて行く消防車
弁当を使ふ最中や春の雪
【都市集】
靴底をしみじみと見て年暮るる
靴下ろしどこまでも行く春の空
火除地の雑草刈られ冬雲雀
春めくや用事をつくり乗る電車
ふと見ると探しゐるものうららけし

【青桐集】
稽古終へ子どもも犬も息白し
いつの間に正座にて読む漱石忌
綿虫に誘はれ髪を切りに行く
宮崎斗士(海原):綿虫のふわり感と「髪を切りに行く」と
の配合の妙。「誘はれ」が佳い。
蔦枯るる学び舎を背に撮る写真
目玉焼黄身を開きて冬ぬくし
【都市集】
福耳の看護師に照る大夕焼
外山糖子:「フフ」とつい笑ってしまいました。私もテレビを
見ては政治家以下いろんな方の耳が気になります。石坂浩二さ
ん、大きいです。看護師の福耳、いいです。病気が良くなりそ
うです。
喧嘩して仲直りせず霜の声
風邪引きて鬼のごとくに服薬す
刹那だけ信じて眠るクリスマス
ささくれを気にしながらの山始

【青桐集】
広辞苑引かぬ日はなしとろろ汁
秋暑し帽子被りて乗る筏
母を呼びともに見つむる小望月
火事跡にいつまでもある三面鏡
宮崎 斗士(海原):上五中七の構文はピシッと決まった。この下五
に何を置くかが重要。住んでいた家族を様々に映してきた三面鏡を動
かし難しという思いに共鳴できた。
手を合わせ時の伸びけり墓参り
【都市集】
月明に宛名確かめ投函す≪都市の窓≫
濯ぎ物きれいにたたみ秋麗
神輿から即かず離れず追ふ子ども
小夜時雨床から出でて米を研ぐ
拍手をはつきり打ちて冬うらら
目貼して思ひのままに高笑ひ

【青桐集】
夏木立出できしときは別人に
中西夕紀主宰:気持のよい夏の木立を歩い
て来て、すっかりリフレッシュしたのだろう
か。このように別人になれたら、本当にいい
のだが。
恋破れ青きトマトにかぶりつく
強烈に口開けて寝る熱帯夜
夫婦仲良過ぎてすする冷し麦
秒針の時刻む音三尺寝
【都市集】
傘を買ひカントも買ひて梅雨に入る
平澤ひなこ:リズムよく、外出して読書も
してと準備怠り無い作者が面白い。
子が親の日傘を持ちて見る試合
いつまでも見送る人に大夕焼
月天心写真を撮りてまた見上ぐ
マジシャンがショーの仕込みの熱帯夜
【青桐集】
風薫る休講掲示肩越しに
腕時計重く感ずる梅雨の入
雲海の中より聞こえ巡礼歌
手招かれ友と見入るや水馬
道炎ゆる幾たびも遭ふ救急車
【都市集】
夏期講習いつもより水多く飲む
読む本の余りに多し夏休み
たしかめて何度も見遣る余り苗
鮎の頭食らひて笑みの女の子
蜜豆の赤豌豆から掬ふ子よ
町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打


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