『都市』第113号・2026年10月

【青桐集】
蟻でさへ考へてから歩み出す
主宰評:浮足立っている誰かを諭しているような口調である。
そう言えば、蟻は時々立ち止まって、あち見こち見している。
あれは蟻も考えていたのか。
梅雨の明蔵書を売りに乗る電車
新茶汲み答案採点始めけり
昔日をすべて受け入れ夏深し
堂々と妻の日傘を借りて差す
【都市集】
耳垢の白さに見惚れ夏期講座
新聞の享年見詰め半夏雨
遠回しもわからぬ人と熱帯夜
天井のなめくぢ皆の眼を奪ふ
世間体気にする素振り梅雨寒し
1996年に真打に昇進した直後から、それまで自らを律し戒めていたことのいくつかを解き放ちました。たとえば、大学卒業以来遠ざかっていたカトリック教会へと再び通い始め、明くる1997年の復活祭には洗礼を受けましたし、ほぼ時を同じくして以前から興味があった俳句の創作を始めました。
創作とはいささか大げさな物言いですが、それには訳がありまして、ぼくに何よりも欠落しているのは、詩心です。ですから、俳句を読んでも、その良さが分かるのはごく僅かでして、じっさいのところ名句を前にしても、この句のいったいどこがそんなに好いのだろうと、じつにしばしば悩むことになるのです。
鑑賞には不向きだと覚ったぼくは、一転、俳句らしきものをでっち上げることならばできるのではないかと、今から思えば不遜なる錯覚をおかし、俳句を学ぶために句会へと生まれて初めて参加したのでした。
宗匠は立教大文学部の先輩、須川洋子先生です。先生は巷間云われるところの人間探求派の一翼を担う、加藤楸邨門下らしく、人生万般にポジティヴな句風を旨とする方でして、それが何事につけネガティヴな俳風を好むぼくにはうまく作用したようで、どうやら未だに、続いております。
その須川宗匠主宰の『季刊芙蓉』に掲載された句を以下に転載します。原則として1号あたり8句前後掲句されます。(★)を付した句は、須川宗匠とその後継宗匠による特選句です。
須川先生の没後、慶應義塾の先輩である中西夕紀先生と出会い、先生が主宰する結社、「都市」俳句会に参加し、現在に至っています。
中西夕紀主宰は、藤田湘子の門下で、2008年に「都市」を創刊しました。
『必携季寄せ』(角川書店、2003年)には、先生の下記の句が採られています。
一客一亭屋根替もをはりけり
闘鶏の赤き蹴爪の跳びにけり
空仰ぎ弁当使ふ四迷の忌
戸を開けて月の近さや氷頭鱠
貝焼の貝の中へも飛雪かな
何もかも丸く刈られし御命講
寒鮒にはつかな泥のたちにけり

【青桐集】
蟻でさへ考へてから歩み出す
主宰評:浮足立っている誰かを諭しているような口調である。
そう言えば、蟻は時々立ち止まって、あち見こち見している。
あれは蟻も考えていたのか。
梅雨の明蔵書を売りに乗る電車
新茶汲み答案採点始めけり
昔日をすべて受け入れ夏深し
堂々と妻の日傘を借りて差す
【都市集】
耳垢の白さに見惚れ夏期講座
新聞の享年見詰め半夏雨
遠回しもわからぬ人と熱帯夜
天井のなめくぢ皆の眼を奪ふ
世間体気にする素振り梅雨寒し

【青桐集】
夜桜や一層強く手を握る
お品書ためつすがめつ荷風の忌
永き日の神父の説教長くなり
街薄暑葉書を買ひに角曲がる
母の日の親子で食すサンドイッチ
【都市集】
薫風や背筋を伸ばし颯爽と
春めくや帽子を買ひに妻を連れ
松葉杖つきながら追ふ三社祭
矢車草目の端に留め漕ぐ自転車
軽トラを止めて見入るや御祭礼

【青桐集】
屋根上に喧騒絶えぬ寒鴉
建国日朝早く起き旗掲ぐ
選挙ポスターに春泥の跳ねあまた飛び
高提灯得意気に持つ義士祭
水切りの石を探して春暑し
【都市集】
遊説を終へて買ひ込む桜餅
景品の鉛筆握り大試験
ガラス戸の桜剥がさず三日経ち
いびきかく妻に春光当たりけり
竹馬に夢の中では乗れるのに

【青桐集】
念入りに耳掻き使ひ冬に入る
火事場跡百科事典が焼け残り
親も子も寝てゐる列車夜半の冬
幻に猟犬吠ゆる杣の道
お焼香上手になりて虎落笛
【都市集】
いつの間に時が溶けゆく寒稽古
闇鍋の迷ひに迷ひ挟み上ぐ
冷たき手ラーメン丼長く持ち
石蕗の花想ひ出すのは秘めし人
餅花で汚れを隠すラーメン屋

【青桐集】
新松子宝のやうに枕許
口笛の練習重ね秋日和
想ひ出が押し寄せて来る秋彼岸
一羽だけ先に来てゐる渡り鳥
柳生 正名(海原・棒):鋭さを持つイ段音が七つ配され、先
駆けとしての孤高の姿を際立たせる―など音韻性への繊細な感
覚が、描き出される写実的イメージに魅惑的な色どりと奥行き
を付加した作が印象に残る。
震へる手宥めながらに書く賀状
【都市集】
ポケットにあるだけ入れよ新松子
秋の声聞き独習も捗りし
いつまでも電話終はらぬ秋の夜
和からしを多目に付けて冬に入る
身に入むや歯磨きの手を腰に当て

【青桐集】
『日本政治史』終戦の日に再読す
皆出掛けひとり残さるる夏休み
取り敢へず西瓜叩きて走り去り
逆上がり出来ないままに夏終る
菅野 れい:夏の間中、毎日のように逆上がりの練習に取り組んだの
に、結局出来ないまま夏が終わってしまった。掌いっぱいのマメを見つ
めながら、切ない思いを噛みしめている。「出来ないままに」が効いて
いる。
猿山に喧嘩が絶えぬ太閤忌
【都市集】
試験終へ爽やかなりし教室棟
晩年が押し寄せて来て秋麗
鉄道社員座ることなく秋深し
先生も生徒も見上ぐ流れ星
初出勤何度も施錠秋の朝

【青桐集】
白地着て新幹線で京都まで
茂る草決勝ボール隠しけり
蜜豆を食ひても翻意ままならず
好きなものいくら食べても夏痩せて
打水の上をポンプ車走り抜け
【都市集】
試合止め神輿に見入る若人ら
道に迷ひて暑さしのぎに入る教会
団扇にてあふぐ人から眠りをり
青山椒寝惚け頭の目覚めをり
干梅を目の端に留め登楼す
「会員便り」
2016年4月に慶應通信に入学して9年が過ぎましたが、やっと卒業論文を提出できました。あとは、卒業論文審査と総合面接試問です。

【青桐集】
手の脂染む広辞苑百日紅
歯を抜かれ日傘を差して帰りけり
甘食を親子で分けてうららけし
雛飾り目の端に留め靴を履く
宮崎斗士(海原):雛の間に招かれ、その艶やかさによいしれたひととき。中
七下五から名残惜しさが無理なく伝わってくる。同じらん丈さんの「手の脂染
む広辞苑百日紅」にも共鳴。百日紅の花期の長さがよく働いている。
酔ひ醒めて風船に息吹き入れる
【都市集】
広辞苑軽く感ずる木の芽晴
空き家をば我が物顔に小鳥の巣
葉ざくらやその下で舞ふおばあちやん
親不孝あやめを見ては思ひ出す
滴りをいつまでも追ふ水面まで

【青桐集】
料亭のマッチ使ひてどんど焚く
眼の手術終へてまさぐる水仙花
春雨や釣り人の肩動かずに
陽炎を突つ切つて行く消防車
弁当を使ふ最中や春の雪
【都市集】
靴底をしみじみと見て年暮るる
靴下ろしどこまでも行く春の空
火除地の雑草刈られ冬雲雀
春めくや用事をつくり乗る電車
ふと見ると探しゐるものうららけし

【青桐集】
稽古終へ子どもも犬も息白し
いつの間に正座にて読む漱石忌
綿虫に誘はれ髪を切りに行く
宮崎斗士(海原):綿虫のふわり感と「髪を切りに行く」と
の配合の妙。「誘はれ」が佳い。
蔦枯るる学び舎を背に撮る写真
目玉焼黄身を開きて冬ぬくし
【都市集】
福耳の看護師に照る大夕焼
外山糖子:「フフ」とつい笑ってしまいました。私もテレビを
見ては政治家以下いろんな方の耳が気になります。石坂浩二さ
ん、大きいです。看護師の福耳、いいです。病気が良くなりそ
うです。
喧嘩して仲直りせず霜の声
風邪引きて鬼のごとくに服薬す
刹那だけ信じて眠るクリスマス
ささくれを気にしながらの山始
町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打


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