町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

らん読日記 記事一覧らん読日記

白井 尭子『福沢諭吉と宣教師たち』−知られざる明治期の日英関係(未来社、1999年)

2009.07.25(土)

1、はじめに

 「福沢諭吉は、明六社員中、いな、明治以後の思想家の中で、後世に最も大きな影響を与えた思想家であったし、現在も尚、影響を与え続けている思想家である。そのような福沢の多面的な活動を限られた紙幅の中で論ずることは殆ど不可能に近いので、ここでは福沢」[1]とキリスト教、特にプロテスタント、なかんずく英国国教会との係わりを中心に考えてみたい。

2、福沢とキリスト教

 松沢弘陽(北海道大学名誉)教授は、「近代日本において、福沢ほど声望の盛衰が大きく、評価が分かれる思想家は少ない」[2]と指摘しており、「日本の近代化に大きな影響を与えた福沢諭吉は、一般には宗教に対する批判者として知られ、内村鑑三は1902年に福沢を次のように「宗教の大敵」と呼んだ。

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堀 勝洋『社会保障・社会福祉の原理・法・政策』(ミネルヴァ書房)

2009.07.02(木)

著者:堀 勝洋(上智大学 法学部名誉)教授
 このレポートは、同著の第6章 年金政策の課題(1)−公的年金と私的年金・公的年金制度の一元化−をまとめたものである。

第6章 年金政策の課題(1)277-329頁
1 公的年金と私的年金
(1)少子高齢化の進展と公私の年金
 「今後、我が国においては、少子化や長命化の進展により、高齢化がさらに進む。このため、公的年金の受給者も増加する。」

 「年金受給者が増えれば年金給付費が増え、国民の負担が増えて、年金制度の維持が困難になる。このため、国は2004年度に制度維持が将来とも可能になるような大改革を行った。」

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木下 秀雄「『権利の体系としての社会保障』の意義」『法律時報』79巻8号

2009.05.21(木)

【著者】木下秀雄(大阪市立大学 法学部)教授
【タイトル】「『権利の体系としての社会保障』の意義」
【掲載誌】『法律時報』79巻8号

《本論文の構成》
はじめに
一 要保障者の「主体性」と社会保障の権利
二 人間の尊厳の理念と生存権
三 具体的争訟と普遍性

はじめに
 「憲法学や法哲学のレベルで(略)生存権の権利性を消極的に解する主張や、パターナリズム批判の視角から「受益中心の『人権意識』」に対する批判が提起されている。」

 「社会保障法学」においても「権利主義」批判が一九九〇年頃から盛んになってきている。」

 「「権利主義」批判の主たる対象となっているのは小川政亮の社会保障権利論であると考えられる。」

 前記小川教授の権利論は、「「人権としての社会保障」を強調する点に特徴がある」 が、「本稿は、小川権利論の立場から「権利主義的社会保障論」批判に対する反批判を試み」 たものである。

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丸谷 才一・山崎 正和『日本語の21世紀のために』(文春新書、2002年)

2008.08.30(土)

 ぼくにとって、現今の日本で最も面白い対話は、丸谷才一と山崎正和によるものです。
 このお二人は、じつに多くの対話を重ねてきましたが、そのお二人による、近代日本語の運命に対する関心を基調とした対話は、意外なことに本書に至るまで、論じられたことがなかったのでした。
 文字通り、満を持しての対話であり、まことにもって面白い内容でした。
 とくに興味を惹かれたものを以下に箇条書きにしてみます。括弧内は、らん丈。

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西原 博史「人権論3・生存権論の理論的課題」『法律時報』80巻12号

2008.05.22(木)

【著者】西原 博史 教授 (早稲田大学 社会科学総合学術院)
 同教授は、早稲田大学社会科学部において2005年度、専門科目「憲法」を履修した際の担当教授でした。
【副題】「自己決定・社会的包摂・潜在能力」
【掲載誌】『法律時報』80巻12号

【本論文の構成】
一 「格差社会化」と空転する生存権論
二 「国民の生存権」という桎梏
三 社会的排除の克服という視点と潜在能力アプローチ
四 生存権保障における自律・自立の位置づけ
五 憲法二五条一項と二項の規範構造

一 「格差社会化」と空転する生存権論
 「二一世紀に入って日本でも、「格差社会」と呼ばれる現象が注目されるようになってきた。」

 「これは貧困問題であり、格差それ自体が問題ではない、という指摘も説得力を持つ」 が、「「滴り効果(trickle-down effect) が機能しなくなり、大企業を担い手とする成長政策が国内における貧困の克服につながらなくなったことを確認する点で、「格差社会」という問題設定にも意義がある」 と筆者は考える。

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高島 俊男『天下之記者−「奇人」山田一郎とその時代』(文春新書、2008年)

2008.05.11(日)

 太平洋戦争前、東京の私立大学について、こんな見立てがあったそうです。いわく、「三田の理財、早稲田の政治、駿河台の法学、白山の哲学」

 三田とはいうまでもなく、慶應義塾大学であり、理財とは現在の経済学部のこと。駿河台とは、当時そこにキャンパスがあった、現在の中央大学を指すらしい。白山とは、東洋大学です。

 山田一郎とはだれなのか知らぬまま、高島俊男の著書なので面白いだろうと目星をつけて、本書を手にとったところ、上記「早稲田の政治」をかたちづくった一人に、山田一郎がいたことを知ることとなりました。

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司馬 遼太郎『この国のかたち』六「歴史のなかの海軍」(四)(文春文庫)

2008.04.03(木)

 このレポートは、「まちだ史考会」における読書会において、『この国のかたち』の担当分として作成したレジュメです。

 以下に、小単元(本文で1行空いている段落毎に一括りにした単位)の順に、その梗概をまとめ、その後、本欄の主人公、山本権兵衛への注釈を加えます。

1、明治になり、それまで幕府と諸藩が持っていた小規模な艦船を集めて日本海軍が創設されたが、それは、脆弱を極めたものに過ぎなかった。
 それでも、技術好きな国民性の故か、明治も20年代に入ると艦艇がいくらか揃い始め、二流ながらも海軍らしい陣容を整えるようになった。
 ただ惜しむらくは、海軍当局の人材は玉石混淆のままであったことである。

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中根 千枝『タテ社会の人間関係』−単一社会の理論(講談社現代新書、1967年)

2008.03.23(日)

「ウチとソトを峻別したがる日本人と粗笨な対応に終始する非日本人」

1、はじめに〜ウチとソトを分ける日本人、分けない非日本人
 筆者が現在(2007年度)在籍する、早稲田大学大学院社会科学研究科には、少なくない外国人留学生が在籍している。
 その留学生のうち多くの方々は、その外貌と日常の使用言語から、中国系ないしは韓国系の方々と推察される。
 当科目(「日本研究・日本文化論」Ⅱ担当・内藤 明教授)の受講者にも、一定数の中国系ないしは韓国系とみられる外国人留学生の方々が在籍しており、それらの留学生の方々は、通常ひとかたまりに着席している。

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隈 研吾・清野 由美『新・都市論TOKYO』(集英社新書、2008年)

2008.03.14(金)

 隈研吾(東京大学)教授の「町田」観

 ぼくは普段ほとんどテレビやラジオを視聴しないので知らなかったのですが、早大の学友と話していたら、あるタレントがラジオで、「町田市民ほど、自分の住む街(つまり、町田市)に深い思い入れを持っている住民はいない」という旨の発言をしていたことを知らされました。

 なるほど、そういわれるとそうかもしれません。
 たとえば、2006年上半期の第135回直木賞を受賞した『まほろ駅前多田便利軒』の著者、三浦しをんさんは、当時町田市に在住しており、同作品も町田市と覚しき都市が舞台となっていますが、その舞台を三浦しをんはこのように記しています。

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『現代行政法大系』第9巻 田中舘 照橘「公務員法総説」(有斐閣)

2007.12.02(日)

1 はじめに
 公務員は、公共団体と雇用関係を結んだうえは、免職等の分限処分を受けない限り、退職時までその身分保障は継続されるために、雇用保険に加入する合理的な理由がそこに見出せないため、雇用保険に加入していないのが原則である。

 それが証拠に、2004年度における免職された国家公務員一般職公務員は、約65万人のうちわずか35人を数えるのみであった。
 その免職者も多くは行方不明者だったため、「適格性」を問われた者はほとんどいない、という現状がある。

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