町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

落語歳時記8 「師匠走る」らん丈の、落語歳時記

2000.11.01(水)

 いよいよミレニアムの変り目、20世紀最後の「落語歳時記」となりました。とは随分と大仰な物言いですが、虚子の有名な”こぞ去年今年貫く棒の如きもの”という句が示すように、世紀が変わろうと(性器が変わったら大変ですが)、落語家ごときの暮れから正月にかけての生活は、何らの変化も来さないことでしょう。

 どなたでも暮れから正月にかけては忙しいものです。まして落語家にとっては、師匠も走る忙しさです。先ず、年賀状書きがあります。特に来年はミレニアムの変わり目なので、千年に一度の稼ぎ年と当て込んだ郵政省がやれ書けさぁ書けと喧しいでしょう。それに加えて二ツ目以上の落語家は、お年始用の名入りの手拭いとお年玉を用意しなければなりません。当然新札をこれまた名入りのぽち袋に入れるのです。一人当たりの額はごくささやかなものですが、40人近くいる前座とお囃子さん全員分を揃えるとなると結構、物入りなのです。

 それに加えて御歳暮廻りがあります。これが、未だに自らの手でお届けするという、前近代そのままの人間宅急便方式です。虚礼廃止で御歳暮そのものの存在意義が問われているこのご時世において、手ずから御歳暮をお届けするのです。もちろん事前連絡は失礼なので一切致しません。したがって目指す師匠が御在宅であるとは限らず、といって朝はもちろんのこと夜分伺うわけにも行かず、2度3度と足を運ぶことも一再ならずあります。この場合の師匠とは、稽古をつけていただいた師匠や一門の師匠のことであって、自分の師匠のことではありません。自分の師匠の場合は、電話で在宅か否かを訊ねるのは一向に差し支えありません。どうして電話で確かめることが失礼になるのかは、お判りになりましょう。電話で在宅を約束すると、そのために師匠はその時間体を空けていなくてはならず、後輩のために貴重な時間を費やさせてしまうからです。ですから事前連絡なしで伺うのですが、お目当ての師匠がいらっしゃらなくても、おかみさんかお弟子さんがいらっしゃれば事は済みます。すると有り難いことに車代か、それに類する肌襦袢等を下さるのです。ただ、中にはどう見ても噺家には見えない噺家がいて、玄関からその噺家がお邪魔したところ、お手伝いさんに「水道工事の人は勝手口に回って下さい」と言われ、腐っていたのがいました。

 その御歳暮をお持ちする師匠ですが、自分の師匠へは無条件でお持ちする。これは考えるまでもありません。問題はそれ以外の、言わば任意の師匠です。たとえば、稽古をつけてくださった師匠へ御歳暮をお持ちしようかどうしようか迷っているとしますね。そんなときたまたまその師匠に楽屋でお会いして、それとなくその旨を伝えると「いいよ、一門でもないし。わざわざ来ることはないよ」その言葉にしたがって、御歳暮へ行かなかったとしますね。それで済む師匠もいれば、「どうもあいつはモノが分からない。おれはたしかに来ることはないとは言ったけど、来るなとは言ってない」という小言を直接当人に向かって言うわけではなく、回りまわって当人の耳に届かせるいう、実に怖い世界なのです。「それなら行くんだった」と後悔しても後の祭り。翌年恐る恐るその師匠宅へ御歳暮に伺うと、くだん件の師匠は「よく来てくれたね」と笑顔で迎え、面と向かっては決して小言は言いません。どうです?結構スリリングな世界でしょう、落語界って。

『らん丈落語会のお知らせ』平成13年2月26日池袋演芸場午後6時半開演。お問合せ落語協会tel03-3833-8563