町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

杉田敦『デモクラシーの論じ方−論争の政治』(ちくま新書)らん読日記

2003.03.27(木)

【著者】杉田 敦 教授〈法政大学 法学部 政治学科〉
【専攻】政治理論、政治思想史
2003年度は放送大学客員教授として、現代日本の政治
 考え方の違うふたりが多角的に対話を交わすという形式をとって、民主的な政治の本質を浮かび上がらせようとしている、これが本書のサマリーです。

装幀:間村 俊一

 ただ、これではあまりにも茫漠とし過ぎた内容紹介ですので、未読の皆様により好く本書の内容を推察していただくために、ちょっと長くなりますが本書のプロローグを以下に引用してみましょう。既読の方は飛ばしてくださって結構です。なお、本文では縦組みとなっています。

  “デモクラシーとは何なのでしょうか。「デモクラシーを知っていますか」と問われれば、たいていの人は「知っている」と答えるでしょう。もしもこの言葉にはあまりなじみがなくても、その訳語である民主主義や民主政(制)なら知っているはずです。しかも、デモクラシーや民主主義の重要性を疑う人は、今ではほとんどいません。その意味では、デモクラシーについての幸福な合意が成り立っているようにも見えます。
 しかし、実はこの合意は見かけだけのものであり、人々の間には、デモクラシー理解をめぐる考え方の違いがあります。そして、その違いは、ささいなものではなく、かなり深刻な対立につながりうるものです。ふだんはあまり明確になることもありませんが、時として前面に出てきて、私たちの政治のあり方を大きく左右することになるのです。
 たとえば、公共事業として行われている大規模開発について、議会がそれを推進しているのに、直接投票の結果として、反対の民意が示されるといった事態が、この10年ほどの間にあちこちで生じました。こうした場合に、議会の決定を尊重するのがデモクラシーの本質にかなうのか、それとも、直接投票の結果に従うのがデモクラシーのあるべき姿なのか、といった点で、人々の考え方は分かれます。
 また、少数意見をどう扱うかについても、いろいろな意見があります。少数意見をとことん尊重して行くのがデモクラシーにとって重要だという考え方もあれば、少数意見を尊重しながらも、最後は多数意見を断固として押し通すのがデモクラシーだという議論もなされています。国会のあり方などをめぐって、こうした対立が表面化することもあります。
 このような、デモクラシーをめぐる理論的な対立を、われわれはどう扱うべきでしょうか。古典を参照したり、誰か偉い人に意見を聞いて、それに従えば良いという考え方もあるでしょうが、権威に頼るのは、デモクラシーとは違う気もします。それなら、いっそのこと、一気に多数決で決着をつけようと言う人もいるかもしれません。それこそ、最も民主的な解決策だとするかもしれません。しかし、多数決で行くべきかどうかを、多数決で決めても良いものかどうか……。“

 この直後、本題へと導入されるのです。本書を読み進めるにつれて、デモクラシーについて、それまで漠然と抱いていた世間的常識が、音をたてて崩れていくのをぼくは実感したのでした。
 たとえば、プロローグでも触れていた「多数派」という問題があります。トクヴィルやJ・S・ミルが憂慮した「多数者の専制」を避けるためには、少数意見も大事にすべきことは、理念としては理解できても、それを実現するのは、たやすくはありません。
 そこで、“デモクラシーを発見の過程と見ているわけだ。さまざまな意見がぶつかり合う中で、新しいものが生まれる過程、それがデモクラシーだ”と。そして、“デモクラシーは多数派を解体する過程などではない。それは、多数派をつくり出すものだ”と、対話を進めます。

 あるいは、民意と議会、行政との懸隔という問題もあります。たとえば、今回の、米英軍によるイラク攻撃について、朝日新聞による輿論調査によれば、国民のうち59パーセントは支持せず、支持するものは31パーセントのみを数えるに過ぎません。
 この民意に対しては、3月25日に発行したらん丈のメールマガジン『真面目な落語家、三遊亭らん丈の不真面目日記』(バックナンバーをご覧いただけます)に掲載したように、ぼくは米英軍によるイラク攻撃に、諸手を挙げて賛成するものでは、もちろんありません。どうして、戦争を始めることに賛成できましょうか。ただ、首相たるもの、一国民とは異なる判断を時には下さざるを得ないことがあるのも、また事実でしょう。その結果として、米国支持という判断を首相は下したのでした。

 また、来月からは健康保険加入者の自己負担率が、2割から3割へと1割も増えますが、これにしろ、増やすことを望む国民はごく僅かでしょう。けれど、悪化した財政状況を好転させるために、行政と議会は1割の負担増加を認めたのでした。
 いずれも民意とは反する決断を、行政は下したのでした。しかしまた、民意は常に正しい判断を下すという確証もまた無い、という事実を、歴史は証明しています。
 たとえば、消費税が導入されることを支持した国民は僅かだったのです。民意は反対したのにもかかわらず、政府は導入しました。けれど、消費税がなければ、日本の財政赤字は、いまでも700兆円とすら言われているのが、導入されていなければ、どれほど増えていたというのでしょうか。

 これ以上本書に触れていても好いのですが、あまり長くなるとどなた様にも読んでいただけなく懼れがあるので、本書122ページにあった言葉を引用して、この小稿を終えさせていただきます。最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
 “「自分たち素人には政治のことはわからない。どこかの偉い人に全部お任せだ。偉い人なら全部解決するような良い考えが浮かぶはずだ」。こういう態度は、自分のことは自分で決めるという、デモクラシーの根幹を蝕むものだ”