町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

大山 礼子『日本の国会』-審議する立法府へらん読日記

2013.12.14(土)

【箇所】20013年度秋学期 慶應義塾大学大学院 法学研究科
【科目】憲法特殊講義Ⅱ
【担当】田村 重信、高橋 憲一〈第33代防衛事務次官〉講師
大山礼子〈駒澤大学〉日本の国会-審議する立法府へ(岩波書店)

2006年にリニューアルされた岩波新書新赤版の装丁は、立教大学文学部キリスト教学科の同窓桂川潤氏の作品です

【本書の構成】
はじめに:問題意識
序章 政権交代は国会を変えたか
第1章 戦後初期の国会運営-日本国憲法と国会法の枠組みの中で:日本国憲法制定時にさかのぼり、戦後改革の構想した国会像を振り返る
第2章 空洞化する審議‐55年体制下の国会:当初の制度がその後の運用によってどのように変化したかをみる
第3章 立法府の改革構想‐日本の議論、世界の潮流:イギリスだけでなく、それとは異なる特色をもつヨーロッパ大陸諸国の議事運営を紹介
第4章 二院制を考える-「ねじれ国会」を超えて:「ねじれ」をどのように克服すべきか
終章 国会をどう変えていくのか

はじめに:問題意識
 「国会は本来、それぞれの政党や議員が自由に意見を表明し、討議を経て妥協点を見出していく場」と認識する著者は、「なぜ、国会は実質的な審議を行えないのか、あるいは行おうとしないのだろうか」という疑問を抱き、「国会審議を活性化し、実質的な意味のあるものに変革するにはどうすればよいの」かに焦点をあて、制度に着目しながら審議の実質化への道筋を探る。

序章 政権交代は国会を変えたか
 国会は憲法によれば、その41条で 次のように規定されている。「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である 。」

1、「しかし、憲法施行後60年を経た現在まで、国会がその地位にふさわしい評価を獲得してきたとはいいがたい」とし、国会審議が形骸化していると指摘する。衆議院の本会議審議時間は当初、年間100時間以上を上回っていたが、近年は60時間程度にまで減少している。

2、国民の支持を受けた政権党のリーダー、すなわち首相と内閣が政策決定を主導するのは当然であり、法案は内閣の責任において国会に提出されなければならない。一方、国会は国民代表機関としての立場から内閣提出法案を精査し、野党議員の意見も考慮しつつ法案修正を行うべきであろう。

3、2、を実現させるために、近年の改革は、イギリス型のウェストミンスター・モデルを発想の源泉としてきた。
 ところが、日本の政治制度はイギリスとは異なり、首相の権限をチェックする役割を担う拒否権プレーヤーが多数配置されているところに特徴があるため、ウェストミンスター志向の改革だけでは政治主導の実現は困難視される。

4、日本の政策決定過程の特色は、修正を含む法案の実質的審査が国会提出前に与党の内部手続(自民党政務調査会各部会による審査)に委ねられていて、徹底した事前審査が実施され、与党の全会一致による了承が原則だったため、法案の国会提出後は政府と与党が協力して原案どおりの可決を目指してきた。このため、国会審議を通じて法案修正を実現する可能性はほとんどなくなってしまう。

第1章 戦後初期の国会運営-日本国憲法と国会法の枠組みの中で:日本国憲法制定時にさかのぼり、戦後改革の構想した国会像を振り返る

 大日本帝国憲法と日本国憲法とを比較して、政治制度に関わる最も大きな変更点は、新憲法が議院内閣制のしくみを明文によって保障したこと。「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」(67条1項)と規定され、戦前のような超然内閣(議会の意思とは無関係に任命され、議会や政党から距離を置く内閣)が登場する余地はなくなった。こうして、行政府のリーダーの選択にも国会を経由して国民のコントロールが及ぶこととなった。

 帝国議会は政府に従属した存在であったために、自律的に活動できなかったと考えていた民政局は、アメリカ連邦議会をモデル として、国会の活動を支える法律を構想した。その結果、国会の自律性を高める国会法が制定された。

 しかし、憲法58条2項で、「両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め」ており、各議院の自律的な運営を保障していることを考えれば、それぞれの議院の運営は法律ではなく議院規則に委ねるのが本筋であったと指摘している。

 国会法によって国会にもたらされた改革のうち、立法過程に最も大きな影響を及ぼしたのは常任委員会制度の導入であった。

第2章 空洞化する審議‐55年体制下の国会:当初の制度がその後の運用によってどのように変化したかをみる

1、会期不継続の原則
国会の議事手続は、議員が十分に法案を審議し、必要な修正を施すために設計されているが、これまでの国会の実態は、実質的な審議よりも、少しでも早く法案を成立させたい与党と、審議の引き延ばしを計り、あわよくば廃案に追い込むことを狙う野党との間のかけひきに終始してきた。

 その際、野党の有力な武器となったのが、国会の会期の短さと、議案は次の会期に継続しないとする会期不継続の原則である。

2、自民党による事前審査体制
 内閣の法案提出権についてふれていない日本国憲法は、当然のことながら、内閣法案が国会に提出された後の審議手続についても沈黙している。

 日本国憲法は議院内閣制を規定しながらも、国会の立法手続については、アメリカ・モデルに近い権力分立型を想定していたことになる。これを受けて、国会法などの関連法規も、国会審議への内閣の介入をことごとく否定する構造になっている。

 いわゆる55年体制ができあがった後の自民党長期政権の下で、内閣提出法案を順調に成立させるための運用が完成する。それが、自民党による事前審査体制である。

 事前審査の起源は、1962年2月に当時の自民党総務会長赤城宗徳が内閣に対して行った依頼にあるとされる。官房長官宛に送付された文書「法案審議について」の中で、赤城は、「各法案提出の場合は閣議決定に先だって総務会にご連絡を願い度い、尚政府提出の各法案については総務会に於て修正することもあり得るにつきご了承を願い度い」と記していた。

 これは、閣議で決定した法案を国会に提出し、そこで国会議員による修正を加える、日本国憲法が想定していた審議方式を改め、閣議決定以前に与党議員が法案を審査し、修正を行うというものである。この事前審査体制の第一の特徴は、審査がきわめて組織的かつ緻密に実施されていたことと、事前審査の対象とされたのが閣議決定された法案ではなく、各省庁による起草段階の法案だったことである。このような事前審査を、著者は「国会に強い自律性を与えている制度の下で、内閣にとっての必要悪として成立したもの」と指摘している。

3、国会審議の空洞化
 「事前審査は、与党議員の影響力を増大させ、内閣のリーダーシップを曖昧にすると同時に、国会審議を変質させた。」国会の公式機関ではない国会対策委員会同士の交渉が事実上議事運営を決定し、とくに与野党が対立する重要な法案に関しては、議院運営委員会は国対の決定を追認するだけの機関となった。

4、小泉改革が果たせなかったもの
 事前審査体制が継続してきたのは、それが与党議員や官僚にとって都合のよいものであり、高度経済成長時代に適合したシステムだったからである。

 各部会は、与党議員と官僚との協議の場であり、いわば多元的な政策決定過程として機能してきた。この制度によって、高度成長の果実が全国に配分された。しかし、個別利益の実現には適していた事前審査も、消費者の利益など、国民全体に広く関わる問題には関心が向きにくかった。また、審査の舞台となった自民党政務調査会の各部会は、省庁の所管分野に対応するものだったので、省庁の割拠制を助長し、省庁をまたぐ大規模な政策変更は、実現がむずかしかった。

 そこに登場した小泉首相は、直属の自民党国家戦略本部国家ビジョン策定委員会で、(1)首相を中心とする内閣主導体制の構築、(2)官僚主導の排除、(3)族議員政治との決別、からなる「小泉3原則」を打ち出し、具体的方策として、閣議の実質化などとともに与党による事前承認制(事前審査)の廃止を提言した。しかし、事前に与党の了承を得ずに法案を提出した場合には、国会審議において法案を可決に導くすべがないという、国会の議事手続の問題点が再認識された。

第3章 立法府の改革構想‐日本の議論、世界の潮流:イギリスだけでなく、それとは異なる特色をもつヨーロッパ大陸諸国の議事運営も紹介

1、政府・与党関係のあり方
1)ヨーロッパ大陸型の議院内閣制では、政府と与党はけっして一体化していない。なかには、閣僚と議員との兼職を禁じている国がある。たとえば、フランス、オランダ、スウェーデン、ノルウェー。つまり、内閣と議会を別個の存在とみなしている。したがって、両者の意見には当然ながら食い違いが生じうる。具体的には、政府提出法案の審議にあたって、与党議員も法案を吟味し、必要と判断すれば修正案を提出する。

 フランス議会下院では、2008-2009年会期において、与党議員提出の修正案は4207件中930件が採択されている。ちなみに、政府提出の修正案の採択率は9割を超えている。つまり、フランスでは自ら政府法案を修正しているのである。要するに、ヨーロッパ諸国では、政府を信任している与党であっても、個別の法案の審議において、必ずしも政府の意向に従うとは限らないのである。

2)ウェストミンスター・モデルとは議会主権、大臣が議会に対して責任を負う大臣責任制、政党内閣の3原則であって、これに議会下院で多数を占めた政党のリーダーが首相として政策決定を主導する体制。このうち、大臣責任制と政党内閣は、議院内閣制とほぼ共通するので、ウェストミンスター・モデルの特色は議会主権である。もう一つの特色は、君主の存在である。行政権はいまも君主がもつ。議会は政府と野党が対決するアリーナであり、議会の主要な任務は対決型審議によって有権者に争点を明示することである。

3)わが国で政府と与党の関係を考えると、55年体制下の立法過程では、ヨーロッパ諸国の議会では委員会審議の場で行われている政府と与党との意見調整が、事前に与党内で処理されていたこととなる。これは、内閣提出法案であっても内閣は法案の国会審議が始まってしまうと、審議に関与するすべを持たないため、事前に与党議員の要望を受け入れることで、法案の成立を確保してきたからである。

2、「強い国会」と「強い内閣」の両立へ‐何を変えるべきか
 「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)は、「国会審議活性化等に関する緊急提言‐政権選択時代の政治改革課題に関する第1次提言」で以下の指摘をおこなっている。

 「片言隻句の追求と、言質を取られないための国会答弁が繰り返される「質疑中心型の国会」であり、議論することよりも、手続きや審議スケジュール自体が最大の駆け引きの対象となる世界に類例のない「日程国会」であり、その結果として、深刻な「国会審議の空洞化」や「国会の法案処理機関化」がもたらされた」

 問題は、政府と与党は一心同体ではないという事実を受け入れたそのうえで、どのように政策決定過程を運営するかにあった。普通の議院内閣制では、内閣は内閣法案を可決に導くため、自ら与野党議員との折衝の矢面に立ち、審議の促進を図る。ところが、日本の内閣は矢面に立てず、国会審議の進行を与党に委ねてきた。とすれば、最も重要な改革は、内閣にある程度、国会審議への関与を認め、内閣を矢面に立たせることではなかろうか。

 また、内閣による法案修正も自由化すべきである。その際、わが国でも連立政権が常態化していることから、ウェストミンスター・モデルによる改革は、なじまない。なぜならば、政府と与党の一元化は、過半数を制した政党による単独政権が続いてきたイギリスだからこそ、可能だったのであり、連立政権を構成する複数の政党が一心同体になれるはずはないからである。

 委員会審査では、各会派は所属議員の自由な発言を許し、委員会審査が決着した時点で初めて党議拘束をかけるようにすることが肝心と、指摘する。それは、各委員が忌憚のない意見を述べ、法案をよりよいものにすることが、委員会の本来の任務であるからである。

第4章 二院制を考える-「ねじれ国会」を超えて:「ねじれ」をどのように克服すべきか

1、本当は強い参議院
わが国の二院制は両院対等型ではなく、両院の権限に差のある「跛行型」に分類されているが、国際比較の上からは、参議院の権限は第二院としてはかなり強力である。

 日本国憲法は、両院の意見が一致しないとき、予算、条約及び首相指名については衆議院の議決が国会の議決になると規定している。法案に関しては、衆議院が出席議員の3分の2以上の多数で再び可決したときは法律となると定めている。これは、予算、条約、首相指名、法案を除くすべての案件について、両院の権限は対等であることを示している。

 その結果、強い参議院が公開の審議の場で内閣に異を唱えると、内閣提出法案は原案どおりに可決させることはむずかしい。そこで内閣は、法案の起草段階で、あらかじめ参議院の意向に配慮し、必要な修正を加えておく方が得策となる。つまり、参議院の強さがかえって活発な審議を妨げてきたのである。

2、二院制の意義は何か
 アメリカやドイツなどの連邦国家では、上院は各州代表という位置づけがなされている。しかし、わが国のような単一国家が二院制を維持している場合、なぜ公選制の議院を2つも置かなければならないのか、合理的な説明はむずかしい。現に、第二次世界大戦後に議会制民主主義を導入した新興国では、ほとんどの国が一院制を採用している。これに比して、多数派に支えられた内閣の政策決定をだれが、どのようにチェックするのかを問題視した場合、二院制に根差すねじれは、国会による行政監視の実効性を高める千載一遇のチャンスととらえる見方もある。

3、参議院をどうするか−独自性発揮への道
 下院の総選挙で勝利し、単独で過半数の議席を制した与党が、上院対策のために連立政権を組み、またそれが当然視されるのは、国際比較の観点からはきわめて異例の事態である。

 また、参議院選挙が内閣を倒すことさえある。1998年の参議院選挙後、敗北の責任をとって橋本首相が辞任した。2007年の参議院選挙では、安倍首相が続投を表明したものの、2ヶ月ももたないで辞任に追い込まれた。

 不信任決議を議決する権限のない参議院が内閣や閣僚の責任を問う手段として、問責決議があるが、衆議院の不信任に対しては、内閣は解散によって対抗し、国民の審判を仰ぐことができるが、6年の任期を保障された参議院が事実上の内閣不信任を決議できるとなると、内閣の地位はきわめて不安定なものとなる。

 地方代表としての参議院を構想するのは、それなりに説得力のある提案ではあるが、そうして実現した地方代表議院に国民代表機関である衆議院の意思の実現を阻む権限を与えてよいのだろうか。

 参議院が拒否権プレーヤーであり続ける以上、与党は参議院での過半数をめざすことになり、それが可能になる参議院の選挙制度、すなわち衆議院と似通った選挙制度のほうが好ましいという結論に逆戻りしてしまう。

 単一国家でありながら、両院対等型の二院制をとっている代表格はイタリアだが、同国は両院の政党構成を似通ったものにすることによって、両院の対立による立法の停滞を回避するために、同日選挙を実施して、与党が両院で多数を確保しやくしている。

終章 国会をどう変えていくのか
1、審議の実効性と効率性
どの国でも、議会は不断の改革を重ねている。改革の目標は大別して2つあり、1つは実効性の向上であり、2つ目は効率性の追求である。

 ただし、これらの目的は、大統領制下の議会と議院内閣制下の議会とではニュアンスが異なる。大統領制下の議会の典型であるアメリカ連邦議会においては、社会の多様な利害や要求が議会の場に持ち出され、議会の審議を通じて政策として形成されていくので、実効性とは議会が国民の多様な意見をどれだけ効果的に吸い上げているかを測定する指標となる。

 他方、効率性とは多様な利害をまとめて一貫性のある政策に変換する能力の効率性にほかならず、両者の間にはそれほど矛盾がない。

 ところが、議院内閣制下の議会では内閣提出法案が審議の中心となるため、どれだけ内容のある審議を行い、内閣法案に適切な修正を施していくかが、議会側からみた審議の実効性と考えられる。これに対して、効率性については、内閣法案をいかに迅速に成立させるかという意味での、内閣からみた効率が問題とされることが多い。議院内閣制においても議会審議の実効性と効率性は必ずしも矛盾するとはいえないが、大統領制の場合と比較すると、審議の実効性と効率性の解釈をめぐって議会と内閣の利害が対立しがちだといえよう。

2、議会はもともと主権者である君主の権限行使(とくに課税権の行使)を監視するための機関として発展してきた。立法権は、その後の議会の発展過程において、君主の行動をあらかじめ規制する手段として登場したものである。いわば、行政監視機能と立法機能は、車の両輪のような関係にある。

1)口頭質問と自由討議
 国会は1999年に党首討論制度を導入したが、そのモデルとなったイギリス議会下院の議事は口頭質問とよばれるものの一部である。

 イギリス議会下院では、毎日各省大臣が交代で所管分野に関する質問に答え、首相だけは毎週1回、水曜日の12時から30分間、質問を受けることになっている。フランス議会下院では、1974年に対政府質問が導入された。それに比して、議院内閣制をとる国の議会で、政府に対する口頭質問の制度をもたない唯一の先進国は日本のみである。帝国議会では、1910年から曜日を決めて質問を行うようになった。

 国会は委員会での関連質疑を認めており、予算委員会の総括質疑として国政全般についての質疑が行われてきた。しかし、口頭質問はすべての議員に本会議場での質問の機会を与えるもので、委員会質疑で代替できるものではない。予算委員会の審議を本来の予算質疑に戻すためにも、口頭質問の復活を考えてもよいのではないか。

2)会期制度の見直し
 国会審議が与野党のかけひきに終始してきた背景に、国会の会期制度があった。

 従来、法案審議において、野党は審議を尽くして有権者に訴えるのではなく、審議をさせず、あわよくば時間切れで法案を廃案に追い込むことを目標にしてきた。このような野党の戦術が可能になったのは、国会の会期が短く、しかも「会期中に議決に至らなかった案件は、後会に継続しない」(国会法68条)とする会期不継続の原則が存在しているためである。ちなみに、多くの国の国会は、通年で活動しているが、わが国の国会には会期制度がもうけられている。

 それは、20世紀に入ってから、諸議会の議会改革が進み、選挙から選挙までを立法期として、議会活動の活発化を促進した結果である。ところが、わが国は帝国議会以来今日まで、会期不継続の原則を堅持している。これは、政府が議会の活動期間を極力限定しておこうとしたためであろう。

 しかし、会期不継続の原則を撤廃することによって、議会で多数を占める与党にとっては法案が可決しやすい環境は整うだろうが、野党にとっては、法案を廃案に持ち込む戦術がとれないため、少数意見の切り捨てにつながる可能性も否定できない。