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文学部と経済学部を卒業しましたから、経済学に関する本はほんの僅かではありますが、在学中に読みました。中には、なるほどと眼から鱗が落ち、さすが頭の良い人の書くものは違うわいと感服したものもありましたが、読書の絶対量が少なかったからか、経済学の本を読んで感動したことは、ついぞありませんでした。
ところが、今回初めて、経済学の本を読んで感動したのです。東大の神野直彦教授による『人間回復の経済学』(岩波新書)です。神野教授は最近、テレビを始め新聞、雑誌にも頻繁に登場していますから、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
経済学部の専門科目「財政学」の教科書が、神野先生編著の『日本が直面する財政問題』(八千代出版)でしたから、神野先生の考え方のおおよその基盤は分かっていましたが、まさか著書を読んで感動するとは思ってもいませんでした。
こんなことは知っている方はご存知ですが、知らない、あるいは興味のない方は一向に御存知ないので、あえて、記しますが、日本の経済学は、世界の大勢通りその主流は近代経済学ではありますが、細々とマルクス経済学の命脈が保たれています。東京の私大でいえば、法政、立教、東洋、専修、駒澤大学の経済学部はマルクス経済学をその主流としています。それが証拠に、母校立教を例に取れば、マルクス経済学の経済学部と近代経済学の社会学部の教員の中の悪いことといったら、学生の目からも奇異に写るほどです。マル経の学者は近経の学者を必ず「俗流経済学者」というんですね。何もそんなに悪く言わなくてもいいじゃないのと思うのですが、枕詞のように、必ずそういう。ならば、近経の学者はマル経の学者をどう呼んでいるのでしょうか、「亜流」とでも呼ぶのかしら。
いずれにしろ、神野先生は立教の経済学部「財政学」の科目で教科書に取られるぐらいですから、当然マル経の学者です。現在、最もマスコミに登場しているマル経の学者は慶應義塾の金子勝教授です。それにしても、近経の牙城慶應がよく金子先生を迎えたものだと、法政から移ったときは驚いたものです。
いうまでもなくマル経と近経を隔てる最も大きな違いは、労働価値説か効用価値説か、どちらをその主張の根本に置くかというものですが、小稿ではそれに触れている余裕はないので、その説明は省きます。それでも簡単にその違いを言えば、近経が市場原理主義であるのに比して、マル経は人間中心主義といえるでしょうか。
『人間回復の経済学』は、財政社会学的アプローチから、人間の全体性をおしつぶしてしまうような現在の構造改革に異議を申し立てている。というよりも、構造改革の背後理念となっている主流派経済学に異議を唱えている。正確に表現すれば、精緻に組み立てられた主流派経済学の理論的前提と現実との相違を無視して、それを現実に無批判的に適用しようとする俗流経済学に異議を申し立てている。
そこで神野教授が提唱するのは、人間の夢と希望を行動基準にし、人間の社会をより人間らしい方向へと、社会のハンドルを切ることである。
同書では、繰り返し、現在行われている「構造改革」の愚を批判している。たとえば、24ページでは"日本が1980年代からくりかえしてきた規制緩和、民営化、行政改革をキャッチフレーズにした「小さな政府」をめざす構造改革の結果、悪夢のような現実が生じてしまえば、そうした構造改革が誤った方向にハンドルを切ってしまったことに気がつくべきである。"というように。
いずれにしろ、1991年にバブル経済が破綻してから続いた10年を「失われた10年」とするならば、「失われた20年」としないために、現在進められている「構造改革」を打破し、人間中心の経済を取り戻さなくてはならないと、ぼくもつよく念じたのでした。
(更新日:2002.07.19)