町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

一橋大学 国際・公共政策大学院「公共法政ワークショップ」Ⅲ大学での活動

2012.09.21(金)

箇所:一橋大学国際・公共政策大学院 公共法政プログラム
科目:「公共法政ワークショップ」Ⅲ
科目の種類:ワークショップ等
開講学期:2012年度 夏学期[2単位]
担当:高橋 滋 教授〈一橋大学大学院 法学研究科:行政法〉

論文題目:「大都市制度における中核市、特例市の選択(申出)に関する一考察−町田市の場合を射程にいれて」(案)

【構成】(案)
はじめに
問題意識

第1章 昭和22年の地方自治法制定
1、地方自治法の基本方針
2、特別地方公共団体としての特別市
3、都道府県及び市に属する事務を処理する特別市
3-1、法定されていた特別市
3-2、5大市への反対運動
4、特別区
5、法律による指定都市から政令による指定都市へ

第2章 昭和31年の地方自治法改定以後の指定都市
1、指定都市の人口条件とその内実
2、指定都市の事務配分
3、指定都市の類型
4、指定都市の特徴
5、指定都市の意味
6、指定都市の特例
7、指定都市の財政需要と不十分な財政措置
7-1、堺市の財政シミュレーション
7-2、固定資産税や住民税は増えるか−大都市税制の問題点
8、大都市移行型合併と住民自治
9、大都市移行型合併での普通地方交付税の算定

第3章 中核市
第1節 中核市の概要
1-1、中核市は申出制
1-2、中核市が地方自治法で制度化された経緯
1-2-1、全国市長会提言と第3次行革審
1-3、中核市要件の変遷
1-3-1、昼夜間人口比率要件の廃止
1-3-2、面積要件の緩和
1-3-3、面積要件の廃止
2-1、中核市の仕組み
2-1-1、中核市の事務と権限
2-1-2、中核市移行による経費増と財政措置

第2節 中核市とそれ以外の市
1、都市要覧をつうじてみる中核市とそれ以外の市との比較
2、市勢
2-1、中核市でありながら人口要件を満たしていない市
2-2、中核市でないながら人口要件を満たしている市
2-2-1、中核市を目指す那覇市
2-2-1-1、那覇市が中核市を目指す理由
2-2-1-2、那覇市が中核市に移行するともたらされると考えている正の効用
2-2-2、中核市を目指す越谷市
2-2-2-1、なぜ越谷市は中核市を目指すのか
2-2-2-2、越谷市が中核市を目指す正の効用
2-2-3、中核市を目指す枚方市
2-2-3-1、なぜ枚方市は中核市を目指すのか
2-2-3-2、枚方市が中核市に移行した場合の正の効用
3、上記以外の特例市を目指している市の動向
4、小括
4-1、地方自治法上の人口要件を満たしていない中核市が存在する
4-2、中核市に移行する市が想定している行政における正の効用

第3節 国会審議にみる中核市制定の経緯
1、国会で「中核市」が登場
1-1、平成5年2月23日衆議院地方行政委員会
1-2、平成5年2月25日衆議院本会議
1-3、平成5年3月17日衆議院政治改革に関する調査特別委員会
1-4、平成5年3月25日地方行政委員会
1-5、平成5年4月16日衆議院商工委員会
1-6、平成5年4月21日衆議院政治改革に関する調査特別委員会
1-7、平成5年4月22日衆議院地方行政委員会
1-8、平成5年5月13日参議院地方行政委員会
1-9、平成5年6月1日参議院地方行政委員会
1-10、平成5年6月3日参議院地方行政委員会
1-11、平成5年6月4日参議院本会議
1-12、平成5年9月28日参議院地方行政委員会
1-13、平成5年10月21日衆議院政治改革に関する調査特別委員会
1-14、平成5年11月2日参議院地方制度調査会
1-15、平成5年11月8日参議院決算委員会
1-16、平成5年12月3日衆議院予算委員会
1-17、平成6年3月24日地方行政委員会
1-18、平成6年3月28日参議院地方行政委員会
1-19、平成6年6月7日衆議院地方行政委員会65

第4章 特例市

第5章 保健所設置市

第6章 町田市の場合
1、町田市の場合
1-1、(資料)特例市と中核市に移譲される事務の違いと地方分権一括法により2012年4月以降に町田市へ事務が移譲されるもの
2、町田市の中核市にたいする対応について
2-1、町田市の中核市にたいする対応への資料要求
2-2、町田市の中核市にたいする対応への資料要求への回答
第7章 八王子市の場合
1、町田市の隣市八王子市における中核市への対応
1-1、八王子市における中核市移行に伴う税源移譲に関する中間報告書
1-2、八王子市における中核市移行に伴う税源移譲に関する中間報告書に関する私見

今後の研究課題

【参考文献】

はじめに
 2011年(平成23年)10月18日に開かれた閣議において、熊本市を指定都市とする政令の改正が行われた。このことによって、全国で20番目の指定都市が、2012年(平成24年)年4月1日に誕生することとなった。

 あわせて同日の閣議において、豊中市を中核市とする政令の改正も行われた。このことによって、それまで41あった中核市のうち、上記の熊本市が指定都市となり中核市から離脱し、豊中市が新たに中核市の指定を受けることによって数量的には、41ある現状が維持されることとなった。
指定都市の指定を受けるための人口要件は、地方自治法によれば「人口五十万以上の市」 ではあるが、「人口50万人であることは、指定を受ける必要条件であるが、必要十分条件ではな」 く、じじつ人口50万人を要件として指定都市となった例は過去にない。

 それは、指定都市が「政令で指定する」 こととなっているからである。政令で指定する際、当初の人口要件は5大市 が指定された当時の人口を目安に百万人とされていたが、徐々に人口要件は緩和され、2001年には、市町村合併支援本部 による、合併を促進するための特例によって 、70万人の人口でも認められることとなった。そこで、前述の熊本市は指定都市となるべく、2008年から2010年にかけて周辺3町と合併して人口要件を満たしたのである 。このことによって、全国で70万人以上の人口を擁する市はすべて指定都市となった。

 しかし、指定都市と同様に市制度の特例とされる、「第2政令市と呼ばれることもある」 中核市の場合、指定都市とは異なり、地方自治法上の人口用件である30万人 を満たしていてもなお、中核市の指定を受けようとしない市が少なからずある 。

 特例市は2012年6月1日現在40市あるが、これも中核市と同じように、人口要件である20万人 を満たしていながらもその指定を受けようとしない市がある 。

 このように、指定都市は人口要件を満たした市がすべてそれに指定される のに比して、中核市、特例市は、こと人口要件を満たしていながらもなお、その指定を受けようととしない市があることにより、指定都市と両市とは截然と区別されるべきものであると考えられる。

 また、筆者は、人口要件を満たしていながらも中核市や特例市の指定を受けることを前提としない市のひとつである、脚注10にある町田市の議会議員であるが、このように人口要件を満たしていながらもなお、中核市や特例市の指定を受けることを前提としない市には共通する何らかの理由があるのか、あるいはないのかに興味、関心を抱いているものである。
これらのことが相俟って、指定都市と中核市、特例市に関しての考察をめぐらせることに本論文の主意はある。 

問題意識
 わが国の行政において、それまでの中央集権から地方分権へと地方自治を重視することになった理由のひとつに、第2次世界大戦後、占領軍がわが国に進駐し英米系の自治制度を導入したことが挙げられる。1949年のシャウプ勧告とその翌年になされた神戸勧告(第2次は1951年に出された)が、それを進展させた要因とみることができ、そこでは「市町村優先の原則」が採られていた。これは、「市町村優先の原則を踏まえ、都道府県は市町村を補完し、国は都道府県を補完する役割を担う」 ことであり、このことは、射程を大きくとった場合、教皇レオ13世により1891年に出された回勅(カトリック教会の社会教説)レールム・ノヴァルムに端を発する「補完性の原理」 が作用したものとみることができ、これを団体自治、住民自治と並ぶ「地方自治の本旨」の第3の要素として位置づける見解もある 。

 これに関しては、地方制度調査会(会長柴田護)が平成5年4月19日に内閣総理大臣宮澤喜一あてに提出した、「広域連合及び中核市に関する答申」においても同趣旨の提言を行っている 。

 なお、地方自治法によれば、「地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」 とされている自治体なのである。

 また、わが国の大都市については、都道府県と市町村という二層制の貫徹による二重行政の弊害を排除する観点から、指定都市制度が確立されたところであるが、それ以外の市については地方自治制度上、基本的に一律主義が採用されてきた 。

 その大都市を本田弘教授は、「大都市とは決して人口規模の大きい都市をいうのではなく、大都市の果たす機能が他の一般都市とは比較にならぬ程の巨大さと複雑さをもつ都市を指す」 と述べているが、たしかに、都市を人口規模だけで規定することには、ある種の危うさが付き纏うこととなる。

 しかしながら、政令指定都市を除いても、わが国の市町村をみた場合、「市町村の規模、能力、態様等において大きな格差がみられるようになり、また、地方分権推進の観点に立って、基礎的な地方公共団体に対する権限委譲を積極的に進めるためには、市町村の規模能力等に応じた事務配分を進めていくことが、基礎的な行政に責任を持つ市町村の機能を一層充実させていく上で望ましいとの考え方が強調されるようになってきた。(改行)このような流れを受け、一定の規模能力等を有する団体に対して、当該団体が処理することが適当でありかつ処理することが可能な事務権限等について一括して特例措置を講ずる方式として、都市特例としての中核市制度、特例市制度が地方自治法に設けられている」 のである。この特例制度は、「法令上都道府県が行うこととされている事務の一部をそれぞれの市が処理することのできることを規定している」 制度である。

 これに関して、先ほど挙げた本田の意見によれば、「大都市に生ずる諸々の問題を合理的に解決するための制度が必要なのである」 から、それに対応するために、中核市制度、特例市制度が新たにもうけられたというべきであろう。

 この制度の根柢をになう考え方の代表的なものとして、次に挙げるものがある。「一定の地域には、歴史と自然条件に刻印された社会、経済、政治、文化のそれなりに独自な営みがある。この地域的個性こそ、中央(国)からの統治に還元しつくせない自主的な決定権をもつ『地方政府』の存在理由である」 。

 なるほど、「地方政府」とは、2009年12月に地方分権改革推進委員会から出された第2次勧告にも、「自治行政権、自治立法権、自治財政権を有する「完全自治体」としての「地方政府」の確立」がうたわれているところであるため、本論文においても地方公共団体を地方政府とみる視角を射程にいれて、筆者が住む町田市は人口が42万超であるため、中核市にも特例市にも政令によって移行できるのであるが、「住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」ことを実現するためには、それらの市に移行すべきであるのか、あるいはすべきでないのかを考え、一定の結論を得ることに本論文の目的がある。

第1章 昭和22年の地方自治法制定
 本論文で考察することになる、中核市、特例市に関してそれを法的に定めているのは、地方自治法である。

 本章では、それらの市を地方自治法に当たる前にまず、中核市、特例市以前に創設された先行事例としての都市制度である指定都市に関して、どのような経緯でそれが制度化されたのかをみることによって、中核市、特例市に関して、その前提となる知見を得ることとしたい。

1、地方自治法の基本方針
 地方自治法は、それまでの東京都制、都道府県制、市制、町村制並びに地方官官制等の諸規程を統合して一本にまとめられた法であり、日本国憲法(以下、「憲法」という)の「第8章 地方自治」92条から95条に対応するものとして、昭和22年5月3日に憲法と同時に施行された。

 地方自治法制定の基本方針の第1としたのが、「地方公共団体の自主性及び自律性の強化」で、この法案の立法形式に関して、「現行東京都制、都府県制、市制及び町村制並びに地方官官制等の諸規定を統合整理して、なるべく同一の原則により各種地方公共団体を律することとするとともに、各種地方公共団体に特異な事情は、これを條例に譲ることといたしまして、一本の地方自治法を制定し、これをすべての地方公共団体に適用するという形をとること」 にしたと説明された。

 同法は、その後毎年のように改定されることとなるが、本項では、昭和22年に施行された同法のうち、施行当初のものと昭和31年春に改定された部分を中心に扱うこととして、そこに記された特別市についてふれたい。なぜならば、特別市はその後の指定都市のさきがけとなるものであったからである。

2、特別地方公共団体としての特別市
 地方自治法で大都市にかかわる規定としては、第一編「総則」が挙げられ、第三編「特別地方公共団体及び地方公共団体に関する特例」第一章では、第一節「特別市」と第二節「特別区」において、特別市と特別区が規定されていた。このほか、第155条「政令による特例規定」があった。ここにおける特別市とは、直接には大阪、京都、名古屋、横浜、神戸の5大市を対象としており、これらの大都市の自治体が、府県の区域から分離・独立して、府県の性格も有する自治体とされたものであった。
 そこで、じっさいに該当する条文にあたってみると、1条では次のように記されていた。

第1条 地方公共団体は、普通地方公共団体及び特別地方公共団体とする。
  普通地方公共団体は、都道府県及び市町村とする。
  特別地方公共団体は、特別市、特別区、地方公共団体の組合及び財産区とする。
 このように、特別市が法的に位置づけられたのであるが、その内容の具体的な規定は、地方自治法264条から280条にわたって置かれた。

 また、昭和18年に、太平洋戦争当時の臨戦体制のもとで、「首都行政の一元化、能率化という要請に基づく」大都市制度としてつくられた東京都制 については、地方自治法においては東京都に限定されることなく、都道府県として一括され、府県と同列に位置づけられた。ただし、東京都の場合には、そこに含まれる区は特別区となり、これについては上記にあるように地方自治法1条によって、特別地方公共団体の「特別区」として規定された。

3、都道府県及び市に属する事務を処理する特別市
 特別市に関する規定は、上記のように地方自治法264条から280条にわたっているが、最初の2条がその性格を明定したものとしてその中心をなしており、下記のとおりである。
第264条 特別市は、その公共事務及び法律又は政令により特別市に属する事務並びに政令で特別の定をするものを除く外、従来法令により都道府県及び市に属する事務を処理する。
第265条 特別市は、都道府県の区域外とする。
2 特別市は、人口五十万以上の市につき、法律でこれを指定する。その指定を廃止する場合も、また、同様とする。(3項以下略)

 このように、特別市は都道府県の区域外となり、都道府県と市に属する事務を処理するものとなる。したがって、特別市は、都道府県と同格であるばかりか、市の権限もあわせ持つものとなるのであるから一階層の大きな権限を持つ自治体とされるものである。

 しかし特別市は、このような大きな権限を持つことから、特に「人口五十万以上の市」でしかも「法律でこれを指定する」こととされたことで、憲法95条を受けた条文としてある地方自治法261条、262条により関係住民による住民投票も必要とされ、その投票結果によって法律の成否が決定されることとなった。

 いずれにしろ、「特別市制は五大市の長期にわたる悲願であった。その意味で、まだ多くの未解決の問題を残しその実現の前途多難であることは十分予想されるものではあったにしても、ともかくここに特別市という新しい大都市制度が法制上明示されたことは画期的なことといってよい」 とされたのである。

3-1、法定されていた特別市
 特別市は、後に地方自治法によって定められた指定都市とは異なり、「特別市を都道府県の区域から独立させ、府県と市の権限をあわせもつ特別地方公共団体とする内容のものであった。そして、当時の5大市の実態を勘案して、人口50万人以上の市を特別市として法律で指定することになっていた」 。これが、後に特別市が廃止されるに当たって指定都市を創設する際に、地方自治法では252条の19第1項において、「五十万以上の市」という条文がもうけられた際に人口を「五十万以上」とした根拠となったものと考えられる 。

 なお、「大都市制度については、諸外国でも大きな違いがあるように、わが国でも一部には大都市といっても他の都市と異なる特別な制度をとる必要はない、とする意見もある。しかし、大都市の特異性を認める特別な扱いをすべきだ、とする考え方が一般的に広く支持されている」 ことによって設けられたものである。「ただここで問題なのはその先で特別扱いということでは一致しているもののそれをどう特別扱いするか、という点である。ここで根本的に対立する二つの方向を指向する」 ことになる。「一つは大都市なる故に一般市とは異なる特別な地位に置き中央政府の監督を強める。もう一つは、大都市の故に、他都市より大きい権限をもたせよ、というものであ」 って相反する考えが併置されていた。

 この件に関しては、戦後においては上記にあるように、「ようやく大都市制度の面でも自治権強化指向の大都市制度がとり入れられ、地方自治法に「特別市」は明文化されることになった」 のである。この特別市制を設けた根拠は、「大都市の自治の拡充と行政の能率を向上させようとすることにねらいがあった」 ことに求められよう。

3-2、5大市への反対運動
 これに対して、5大市を含む府県からは当然のことながら猛烈なる反対運動が起こったため、結局、特別市を指定する法律は施行されないまま推移し 、1956年(昭和31年)の地方自治法の改正により特別市は廃止されることとなった 。その代わりに大都市に関する特例として指定都市の制度が、創設されることとなったのであり、これを「旧五大市とその市の所在府県との調整が整わないことから、その折衷案として設けられたもの」 とする指摘もある。

 しかし、地方自治法における特別市から指定都市への変更は、昭和22年7月26日に、GHQと政府がともに住民投票の範囲を従来の当該市民から当該府県民に変更することを決定したことによって、当該府県民が住民投票の対象となると、到底その過半数を得ることができないため特別市を「法律でこれを指定」させ得なかった、府県側の猛烈なる巻き返し運動が功を奏したものといってよいであろう 。

4、特別区
 特別区は、地方自治法においては東京都制ではなく、大都市制度としての都制として新たに発足した制度なので、これについて地方自治法では、特別市に続く第二節の「特別区」として、次に示す281条から283条までの3条が設けられた。
第281条 都の区は、これを特別区という。
 特別区は、その公共事務及び法律若しくは政令又は都の条例により特別区に属する事務並びに従来法令又は都の条例により都の区に属する事務を処理する。
第282条 都は、条例で特別区について必要な規定を設けることができる。
第283条 政令で特別の定をするものを除く外、第二編中市に関する規定は特別区にこれを適用する。

 特別区に関しては、昭和21年9月に行われた戦後の第1次地方制度改正で、区長の公選制をはじめとする区権限の強化等が行われてきたが、地方自治法の施行によってさらに地方自治が前進して区の権限が拡張された。特に、特別区という特別地方公共団体であっても、283条にあるように、「政令で特別の定」のあるものの外は、一般市並みに位置づけられることとなったのである。

5、法律による指定都市から政令による指定都市へ
 特別市は結局、昭和31年春に行われた地方自治法の改定によって、法律によって指定される都市としての特別市から政令による指定都市への変更を余儀なくされた。このことは、法律問題としてもきわめて重要なことと考えられるので、ここでふれてみたい。

 第1節3、都道府県及び市に属する事務を処理する特別市においてすでにふれたように、特別市時代においては地方自治法265条2項で、特別市は「人口五十万以上の市につき、法律でこれを指定する」こととなっていた。このことによって「五大市を特別に指定する法律」を、別に制定することとなっていたのである。しかし、結局これは実現されることはなく、「法律」によらず「政令」で指定することとなったのである。これは、当然のことながら重大なる相違をもたらすこととなった。

 それは、昭和31年における地方自治法の改定によって指定都市は、同法から特別関係条文(第一章 第264条から第280条、第三章 特別地方公共団体)が全面的に削除され、代わって「第十二章 大都市等に関する特例」の一章が設けられ、第252条の19第1項で「政令で指定する人口五十万以上の市」となり、「法律」ではなく「政令」で指定されることによって成立するのである。

 「これは法律の指定から政令指定への格下げといった単純な問題ではなく、大都市住民の生活体である大都市政府の身分替えが、国会の場から行政官の決定に任されるという重大な転換を意味する」 との指摘を招来させるほどの変更であった。

 つづけて、大都市制度史編さん委員会編集星野光男監修『大都市制度史』(ぎょうせい、昭和59年)では、「こうして人口基準などより、その他の各種の条件を満たすことが必要となり、行政府の介入で大都市住民の生活組織体が自由に改変されるという重大問題となる」 と指摘しており、その際、「今日指定の基準として、1,人口が一〇〇万人程度で、人口密度が高いこと、2,大都市の経営に対応できる行政能力、財政力が備わっていること、3,行政、経済、文化などの都市機能が充実していること、4,行政区を設置し、区の事務を処理する体制(区役所)が整っていること、?第二次産業及び第三次産業の就業人口比が高いこと、5,固定資産税課税標準額が既存の指定都市と比較して隔りがないこと、6,地方自治法第九十九条第二項に基づく、市議会及び県議会の意見書、などの要件が必要とされることになっているようである」 との満たすべき条件が、当時にあってはあったもののようである。

第2章 昭和31年の地方自治法改定以後の指定都市
1、指定都市の人口条件とその内実
1956年(昭和31年)6月の第24回国会において、地方自治法の一部を改正する法律が可決成立した。それは、教育委員会の公選制廃止(長の任命)、教育長の承認制など文部省(当時)権限を強める新教育委員会法制定において議会が混乱しているのに乗じて、地方自治法改定案が第22回国会に続いてこの第24回国会に再提出され、ついにその法案が可決成立をみることとなったことによるものである。

 この地方自治法の改定は、政府の意向に沿ったかたちでの戦後の地方自治の手直しが一段落したといわれるように 、地方自治の後退ということでは極めて重大な改革であった。特別市から指定都市への移行も、その一環としてとらえることができる。

 指定都市を指定する際の要件としては、地方自治法252条の19第1項では「人口五十万以上の市」を「政令で指定する」としているが、これまでの運用では、概ね人口100万人が基準とされており 、人口50万人で指定都市となった市はない。
「ところが、実際には、法的要件とは別に運用上の指定基準があるとされてきた」 のであり、「それによると、人口はおおむね100万程度、人口密度は2000人/平方キロメートル以上、都市的形態・機能を備えていること、行財政能力を備えていることなどとされてきた」 という「運用上の指標」とされるものは、あったのである。

 それでは、なぜ指定都市の指定要件はこのように曖昧なのであろうか。それは、「指定都市は旧五大市と府県側の対立の妥協の産物として発足したもので、指定都市をさらに増やすことを念頭に置いていなかった」からとする初村尤而の意見があるように、旧五大市以外の市が指定都市となることは、当時の政府は予測していなかったものと考えられる。「いずれにしても指定都市の法的指定要件は出発時から名目上のものにすぎない」 ものであったことは、この運用上の指標をみても明らかである。

 その後、この人口要件は徐々に緩和されることとなり、広島市や福岡市が指定都市に指定されたときは、人口約85万3000であった。そのため、しばらく85万が最低ラインと考えられてきたが、千葉市が指定を受けたときの人口は約83万5000であって85万より少なかった。「さらに、平成の大合併に際しては、市町村合併を推進するという国の政策目的から、合併後70万人に基準が切り下げられた。」 それをうけて、人口約70万人の静岡市が、2005年に指定都市となった。直近では、熊本市も人口736,625人 で、2012年4月1日に指定都市となった。

 あるいは、指定都市は、「国庫補助金等の交付に関する協議なども、都道府県をとおさず直接国と交渉する。そのため、指定都市は、都道府県と同格などといわれる」 市である。

2、指定都市の事務配分
 指定都市になると、都道府県が処理する事務のうちそのいくつかの事務を行うこととなる。
 第一に、地方自治法により、17項目の事務を行う 。行政目的別にみると、社会福祉、保健衛生、都市計画等である。
 第二に、地方自治法以外の個別の法律により都道府県の多くの事務(国道管理、産廃監督、小・中学校教職員任命等)が指定都市の事務となる。

 その他に、指定都市だけの特例ではないが、指定都市が都道府県に代わって当然行うべき事務がある。保健所設置市、計量市、建築主事設置市である。さらに、これも指定都市特例ではないが条例による事務処理特例制度がある。

3、指定都市の類型
 指定都市について都市機能をみると集積度の点では、多様な特徴がある。それを分析すると、次頁にある図のように3種類の都市に類型化できる。

 第1のタイプは、横浜、名古屋、大阪で日本を代表する大都市グループ。第2のタイプは、札幌、京都、神戸、福岡等ブロック圏の中核をなす大都市グループ。第3のタイプは、仙台、千葉、川崎、北九州等大都市圏内の中核的都市のほか、平成の大合併で指定された後発の大都市グループ。これらは、「都市機能として同列ではなく、制度上も何らかの改革を要するところである」 との指摘がある。

(資料)横浜市「新たな大都市制度の提案」(横浜市大都市制度検討委員会、平成21年1月)

4、指定都市の特徴
 指定都市は、大都市特有の複雑かつ多様な行政需要への対応の必要性と、合理的、能率的な行政事務処理の必要性から生まれたものである。それは一般市とは異なり、内部に複数の行政区をおき、住民に密着した行政事務の多くは行政区単位で処理し、大都市全体としての都市経営は本庁組織が中心になって行う、「本庁と区の二重の構造を有しているところに特徴がある」 。それを、箇条書きにすると、下記のとおりとなる。

1、市内に行政区を置く。
2、基本的に知事の監督権はない。
3、児童福祉、生活保護、都市計画等の府県事務を市に委譲する。
4、宝くじの発行など財政力強化に優位。
5、都市のブランド化もある 。

 このうち、行政区の制度問題についてふれると、指定都市の行政区については、地方自治法252条の20で「指定都市は、市長の権限に属する事務を分掌させるため、条例で、その区域を分けて区を設け、区の事務所又は必要があると認めるときはその出張所を置くものとする。」同条3項では、「区の事務所又はその出張所の長は、当該普通地方公共団体の長の補助機関である職員をもつて充てる。」と規定されている。これは主に事務執行を効率化させる視角から行政区という地域割りがなされ、区役所という事務所が置かれているのであり、公選行政区を設置することで行政が市民に身近になると説明されるが、「実際は逆であり、窓口行政は近くなっても「まちづくり」は遠くなったというのが率直な市民の意見である」 との指摘がある。

5、指定都市の意味
 ところで、指定都市になるとはどういう「意味」をもつのであろうか。それを指定都市である岡山市の長をつとめた安宅敬祐教授は、次のように記している。「指定都市になるという意味であるが、指定都市は、一言で言えば全国ブランドの都市になるということであり、その存在感・情報発信力は指定都市を包含する都府県よりもはるかに大きい。(中略)同時に、都道府県並みの権限を与えられるということは、市長はじめ職員一人ひとりが大変な職責を負うことになる。(中略)指定都市になると、県には権限がほとんどなくなるので、市長はじめ職員は、県を通さずに直接に国の各省庁の官僚と対話しなければならなくなる。中央省庁の官僚と直接対話するためには、指定都市の職員には普段から相当な勉強が求められる」 。この記述から、岡山市長は同市が指定都市になるということでは、「全国ブランドの都市」になるということに、その「意味」を見出していることがわかる。

 あるいは、熊本市を指定都市にするために、蒲島郁夫熊本県知事は、「日本の政治のなかでは珍しい方だと思うのですが、私は熊本市の政令都市化を真剣に進めてい」 る、との姿勢を示していた。「なぜかというと、新幹線がいま福岡−熊本−鹿児島と結ばれています。鹿児島は終着駅、もちろん福岡は九州最大の都市ですから、そこに吸収されてしまう。だから中核都市として熊本が伸びるためには、まず政令都市化だ」 と蒲島知事がいうように、指定都市となることによって、熊本市に「中核都市」という意味合いを持たせようとしていることがわかる。

 このような指定都市制度であるが、それは、「かつての特別市とは似て非なるものであり、5大市と5大府県の妥協の産物であったかもしれないが、制度創設以来、半世紀を経過し、それなりに安定した制度になってきている」 とされるようになってきた。

 そして、2012年(平成24年)現在指定都市は、20市を数えるまでに増えたことからも、「現行の指定都市制度が都道府県、指定都市いずれの側にとっても、完全に満足はできないとしても、それなりに使い勝手のよい制度になっているといえよう。」 

 また、指定都市になることについては、地方自治法に関係市からの指定の申出の規定が置かれていないことから、人口要件を満たした市は、例外なく閣議決定によって政令が公布され、指定都市となっている実態がある。

 このように、指定都市の「意味」等に関してみてきたが、それを大森彌教授は、このように指摘している。「わが国では、すでに、制度上も事実上も、基礎的な自治体としての市町村は規模に応じて序列化されている。政令市(指定都市)−中核市−特例市−一般市−町村である。特例市までが「大都市等に関する特例」となっており、明確に人口規模別の区別になっている。」 

 このように市を序列化する見方があるのは、地方自治法において、「第12章 大都市等に関する特例」が設けられている以上当然のことと思われる。

6、指定都市の特例
 指定都市になることに、当該市は大きな期待を込めているようである。「例えば、岡山市が作成した12ページ建てのパンフレット『岡山都市圏の未来−合併と政令指定都市』はすべてカラー刷り、表紙は喜びにあふれた人々が高いビルが林立する都心部と自然に囲まれた住宅地で幸せな暮らしを送っている姿が描かれている。堺市のものも似たり寄ったりである。合併し指定都市になればバラ色の都市環境と生活が待っていると住民に思わせる」 ものが印刷されていることから、その期待の大きさも推察されるところである。

 それでは、なぜ行政は、指定都市になろうとするのであろうか。「堺市のパンフレットには「なぜ政令指定都市なの?」と自問し、その目的を4つあげて自答している。第一に、大都市としての暮らしを支える都市づくりのため、第二に、二一世紀を迎え新しい時代に向けた都市づくりのため、第三に、南大阪・関西の発展を力強く支える都市づくりのため、第四に、自己決定・自己責任による自立した都市づくりのため、である。」 

 しかし、そこでうたわれているのは、4つとも「都市づくり」であり、いずれも理念的なものに留まっているようにみえる。そもそも、21世紀にふさわしい「都市づくり」というのならば、大都市よりは、コンパクトシティを目指すのではないのか、という疑問がわく。

 各地の報告書などをまとめると、指定都市への期待は次の4点に絞られるようである。
1、区役所が設置されるなど、地域の特性に応じたきめ細かい行政サービスができる。
2、都道府県の事務と権限が移譲されることから、自己決定・自己責任・独自性が発揮でき、住民ニーズに対応した行政サービスがスピードアップされる。
3、財政的に豊かになり、まちづくりが加速する。
4、都市のイメージアップとなり、都市の潜在力が発揮される。
 なるほど、上記に記されたことは、指定都市に関する自治体の期待感の現れであろうが、指定都市の特例を考えると、すでにふれた2、指定都市の事務配分に加えて下記にあげるものが考えられる。

1、行政関与の特例
 地方自治法252条の19第1項において、社会福祉事業の改善命令、土地区画整理事業計画の許可等の事務については、県知事の許可、認可、承認等の関与を要しないか、県知事に代えて直接主務大臣の関与を受けることとされている。

2、大規模償却資産に係る固定資産税の課税制限の適用除外、道路特定財源としての地方道路譲与税、石油ガス譲与税の措置、宝くじの発行等が認められている 。

7、指定都市の財政需要と不十分な財政措置
7-1、堺市の財政シミュレーション
 早くから指定都市をめざしてきた堺市は、財団法人地方行政総合研究センターに委託して『大都市としての条件整備に関する調査』と題する報告書を、1993年、1994年、1995年の3次にわたって発表した。そのうち、第2次と最終報告書では、指定都市移行後の財政収支の影響が試算されている。ちなみに、同市が指定都市に移行したのは、2006年(平成18年)のことである。

 同試算によれば、財政需要の増加については、?委譲事務に関するもの、?行政組織の変更にともなう支出、?府県が支出していたものの府県支出金への切り替え、を見込んでいる。一方、財政収入の増加については、?譲与税・交付金等、?地方交付税、?その他の財源、を見込んでいる。

 それによれば、指定都市に移行後2年間は財政収支への影響は、プラスになっているが、3年目からはマイナスに転じるとしている。理由は、基準財政需要額と基準財政収入額との差が年を追うごとに縮まり、普通地方交付税が減少するからだという。試算によると、基準財政需要額は指定都市移行によって5年間で平均18.7%増加する。それにたいして基準財政収入額は、地方譲与税・交付金等が年々増加すると見込むと、それらは地方税とちがって全額が基準財政収入額に参入されるため、その分、基準財政需要額の増加分を相殺してしまうことになる。こうして両者の差が年々縮まり、結果として普通交付税が減るというのである。したがって、報告書は「政令指定都市移行による財政負担を基準財政需要額の範囲にまで抑える行政努力をおこなわない限り、逆に財政状況が悪化する」と結論づけており、「堺市のシミュレーションは、指定都市移行による財政的影響に対して楽観的見通しを持つことの危うさ」 を警告している。

 このことから、現実には指定都市となった場合財源保障に関しては、むしろ不十分となることを認識すべきではないだろうか。

7-2、固定資産税や住民税は増えるか−大都市税制の問題点
 指定都市になると都市としてのグレードが上がり、都市開発が進み、企業誘致も増える。
その結果、固定資産税や法人住民税が増加する。これが指定都市移行の正の効果として期待されるシミュレーションである。しかし、この期待は多くは当てがはずれるもののようである。それに関して、「現在の経済状況はこのような甘い見通しを許さない。地価の動向は経済状況の影響を強く受け、不確実だし、指定都市移行によるメリットで法人税関係税が増加するものでもない」 という指摘がある。

8、大都市移行型合併と住民自治の問題
 指定都市となった成立過程を合併との関連でみると、2つのパターンに分かれることがわかる。
 第1のパターンは、合併をともなわない単独での移行である。たとえば、旧五大市はもともとの市域が指定都市となったためこれに該当する。川崎市、札幌市、千葉市もそうである。広島市や福岡市も一部吸収合併をともなったが、単独移行に近い。

 第2のパターンは、合併をともなったものである。古くは、北九州市があり、仙台市もそうである。直近では、さいたま市は浦和・大宮・与野の三市合併によって成立した。
 合併と指定都市移行という面からみると、これまでの合併をともなう事例は北九州・仙台・さいたまの三例があるにすぎない。事例が限られ、問題も比較的単純であった。しかし、さいたま市を皮切りにその後、出てくる事例はいずれも大型で広域な合併をともなうものである。その例に、浜松市をあげることができる。同市は、12市町村が合併し中核市に指定された。

 次に、上記パターンによって大都市移行型合併にみる住民自治の問題をみてみたい。

8-1、対等合併の例、北九州市
 北九州市は、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の五市が1963年2月に合併して誕生した。その2ヶ月後の同年4月には早くも指定都市に移行した。北九州市の指定都市移行から次の点を学びとることができる。

 第1に、北九州市の成立と指定都市移行は、五大市に限定されていた指定都市制度が、一般的制度として機能し、指定都市増加のきっかけとなった。

 第2に、それはまた指定都市移行が、それ以降政府の国土・地域政策誘導の手段に利用される端緒ともなった。それゆえ、「地域開発のための広域行政の必要に応じて…つくり出された広域都市」「国肝いりの“国策都市”である新産業都市に対抗するモデル」 と指摘されることとなった。

 第3に、合併の当該市民であれば、指定都市になる認識は当然ながら共有されていなければいけないのにもかかわらず、合併を経て指定都市になる認識が醸成されていなかったという問題が認められることである。「合併による北九州市の成立問題の重要性についての住民サイドの認識が当時はまだ未熟だったと言わざるをえない。」 つまり、合併にたいして賛成する住民が圧倒的な多数を占め、それに批判的な意見は、なかなか表にでてこなかったのである。それが、「地方自治や住民自治との関連ではいかにもこなれていないとの感が強い」 という指摘につながる。

 第4に、指定都市制度そのものについても住民サイドの認識は深まってはいなかった。北九州市が指定都市となった1963年は、指定都市制度が発足してから7年しか経過していない。そのため指定都市そのものがどのような問題をもっているのか、明確化されておらず、したがって住民による関心も薄かった。

 以上のことから、五市合併による北九州市への指定都市移行は、指定都市が政府の地域政策・都市政策に利用されてきたこと、そして住民側から見ると指定都市への認識の醸成が不充分であったことが指摘できる。

8-2、吸収合併の例、仙台市
 仙台市は、1989(平成元年)年4月に東北地方初の指定都市となったが、1985年(昭和60年)の人口は約70万人で、当時の指定都市要件の人口100万人にはほど遠かい状況にあった。そのため、1987年には宮城町、1988年には泉市と秋保町とを吸収合併したが、それでも人口は80万台半ばに過ぎなかった。それにもかかわらず指定都市に指定されたのは、北九州市の指定以後、指定都市を地方中核都市づくりの拠点として利用する流れに乗ったためではないかと考えられる。東北都市圏の中枢的機能を備えた仙台市、指定都市の空白地帯であった東北地方にあったという地理的条件も好都合に働いたものであろう。

 指定都市となるため、仙台市の合併は強引であった。それは、人口要件を満たすことが至上命題とされていたため、それに向けて泉市など周辺自治体との合併は必須のことであったからである。これに対して、泉市では「泉市を守る会」などの住民団体が合併反対運動を展開した。住民投票を求める直接請求運動が行われ、住民の4割を超す署名が集められた。市長はこうした運動におされ、1987年11月に住民投票を実施した結果、僅差で合併賛成が反対を上回った。宮城町や秋保町でも住民投票が行われ、議員のリコール運動が展開されたものの、いずれも否決・不成立に終わった。

 このようにして合併を強行したことにより、「この間、周辺一市二町を巻き込んで展開された合併問題は、指定都市とはなにかという問題を住民の視点から考え直してみることを教えている」 とされたが、この経緯をつうじて指定都市とはなにかという問題にたいする答えが住民によってもたらされたとは考えにくい。
8-3、指定都市移行型の合併の問題点

 以上の事例から、指定都市移行型合併にはいくつかの問題点を指摘することができる。特に、住民自治の面での弊害が予測されるところである。
 第1に、合併の強行実施がもたらす弊害である。わずか5年の間に周辺の13市町村を吸収合併し、人口を1.5倍に増加した広島市、人口増を急ぎすぎた仙台市は、合併の是非をめぐって町を二分する紛争を招いた。これらのことから、そこまでしてでも移行する指定都市とは何であるのかという根本に立ち返った議論が不十分であったようにみえる。

 第2に、市民サービス低下の心配である。仙台市の場合には、住民へのサービス水準が高かった泉市では、その後サービスの低下が続いた。たとえば、きめ細かい分別によって収集されていた泉市のごみ収集は、事実上何でも一緒に収集してしまう仙台方式に戸惑い、それへの批判を強めたという。

 第3に、区の設置の問題である。現在の指定都市の区の規模は、大きい区で20万人を超える 。このことから、合併により小規模市町村では、指定都市の区へ行政が吸収される場合が少なくない。たとえば、新潟市では、新潟市以外の11市町村は人口が最も多い新津市で約68,000人、最も少ない月潟村では約3,800人であった。浜松市における14市町村の合併では最小の龍山村は約1,200人に過ぎなかった。このような市町村が合併後、区として存続する保障はない。むしろ数市町村がまとめられて一つの区となる可能性の方が高い。そうすれば、必然的に行政が遠のいたと感じる市民が増えることであろう。

 第4に、議員選出において少数意見が排除される可能性が大きくなる。指定都市となった場合、議員定数削減化の流れを受けて1選挙区当たりの定数は少なくなることが多い。たとえば、2003年4月に指定都市となったさいたま市では、合併前には議員数が三市(大宮、浦和、与野)あわせて100人だったが、合併後には60人に減った。さらに、選挙区は10区となり、その結果、合併前には与野市であった中央区では議員定数が、26名から5名に激減している。

9、大都市移行型合併での普通地方交付税の算定
 合併後に一般市や中核市等から、指定都市に移行する合併では、財政問題が複雑な様態となってあらわれる。

(1)合併算定替の特例
 普通地方交付税の算出にあたっては、基準財政収入額と基準財政需要額とをそれぞれ算定し、前者が後者を下回れば財源不足となり、その額が普通地方交付税として交付される。
 合併後の新市町村の普通地方交付税の計算には合併前の市町村ごとに行う合併算定替の特例がある。
 通常財政支出は、規模の経済にともなう正の効用が働いた場合、人口規模が大きい自治体ほど人口一人当たりの歳出額は小さくなる。したがって、合併により人口規模が大きくなれば合併後の人口一人当たりの基準財政需要額は合併前よりも小さくなり、合併後の普通地方交付税は合併前の自治体の額よりも減少してしまう。これは合併の促進という観点からは、2つの理由においてマイナスに働く。1つは、これでは合併しても財政的なメリットはなく、財政状況が厳しいことを合併の動機としている市町村を合併に向かわせることができないこと。もう1つは、合併しても直ちに歳出額を減らすことはできず、普通地方交付税が減ってしまうと財源不足になってしまい、かえって財政状況が悪化してしまうからである。

 そこで、合併した市町村では普通地方交付税の計算を合併前の市町村ごとにおこない、その結果算出された普通地方交付税額を新しい市町村の普通地方交付税するのである。このようにして算出された額と、通常の計算方法で求められる(一本算定)額とを比較し、多い方を選択する。これが合併算定替の特例措置である。ただし、この特例措置は合併後10年間に限られ、さらにその後5年間は段階的に減少し、16年後からは通常の一本算定で算出することになる。

(2)合併算定替か一本算定か
 ところで、大都市以降型合併の場合には合併算定替と一本算定のどちらの方が有利なのかという問題が発生する。「結論から言うと指定都市移行の場合には、一本算定の方が有利になるようである。」 

 それでは、指定都市移行型合併では一本算定がどのような場合でも有利かというと、決してそういうわけではないのかもしれない。合併する市町村のほとんどが町村であるとか、中心となる市が中核市ではなかったというケースなど、「指定都市から遠い市町村が合併して、一気に指定都市に移行する場合には、一本算定が有利となるかもしれない」 とされる。

 ただし、中核市をめざす合併でも同様のことを検証しなくてはならないが、その際、指定都市補正ほど中核市補正は大きくないことから、中核市においては、合併算定替が選択されるようである 。

第3章 中核市
第1節 中核市の概要
 現在、指定都市、「中核市、特例市の区域に生活する国民は40%を超えている」 といわれており、その人口集積には目を見張るものがあるが、そのなかで指定都市に次いで大きな権限を持つ市が、中核市である。

 その「中核市制度は、社会的実態としての諸機能、規模能力等が比較的大きな都市について、その事務権限を強化し、行政はできるだけ住民の身近で遂行するという地方自治の理念を実現するために創設された制度」 とされている。これは、1993年(平成5年)4月に地方制度調査会が出した「広域連合及び中核市に関する答申」を受けて、1994年(平成6年)の地方自治法改正で導入され、1995年(平成7年)に施行された地方自治法252条の22第1項 によって規定されたものである。

 同法252条の22第1項によれば、当頁脚注にあるように、中核市とは、「指定都市が処理することができる事務のうち、都道府県がその区域にわたり一体的に処理す」べきとされた事務以外のものを処理することができる市である。
 なお、中核市に関して、指定都市同様に関与の特例の規定は置かれたものの(252条の22第2項)、これを具体化するための政令の規定は少ない。「したがって、指定都市と異なり、多くの事務で、中核市は、都道府県(知事)の関与を受ける扱いとされている。」 
 このように、中核市は一般市より、自治体として処理すべき案件が増えることとなる。しかし、それは当然のことながら、自治体として処理すべき案件は指定都市よりも少ないものとなる 。

1-1、中核市は申出制
 中核市は、指定都市とくらべると、都道府県と連携協力し、事務を実施することが期待されているためか、あるいは、「受け皿論」の関係からか、「中核市の要件に該当する市であっても、中核市になるための申出をしないものも多い」 のが現実であり、申出制をとっていない指定都市とは大きく異なっているところである。

 じじつ、平成24年4月1日現在中核市は41市 を数えるが、そのなかに東京都では中核市の規定に該当する30万人以上の人口を有する市として八王子市と町田市とがあるが、そのいずれの市も中核市ではない。ただし、八王子市は今年(2012年)あらたに行われた選挙で選任された市長のもとで、中核市入りを目指すことを視野にいれるようになった ように、人口要件を満たしている自治体間で判断が分かれている。

 これは偏に、中核市の決定に関しては、平成5年4月19日に第23次地方制度調査会が提出した「広域連合及び中核市に関する答申」による、地方自治法の改正にその起因がある。同答申では、中核市の決定の方法としては、当該都市の意思に基づくものであること、当該都市を包括する都道府県の同意を得ること、中核市の決定についての国の関与は最小のものとすることが、挙げられている 。

 中核市の決定方法に関して、当初の自治省(当時)案は、当該市の届出、国の告示により中核市となる、としたものであったが、これは他省庁の強い反発にあって頓挫した結果、政令で指定するということになった。これには、「法律上の問題としても、中核市たる要件の検証が、当該市の届出のみで十分であるのかという問題がある。人口、面積等についてはだれが見ても明らかと思えるが、いつの時点の人口を用いるか、途中で変更があった場合はどのようになるかといった問題もあり、何らかの検証が必要であるとして、政令で指定することとなった」 という経緯がある。

 中核市となる申出を行うか否かを自治体が判断する際、「自治体の規模に自治体の能力が比例するかどうかという疑問」 を、筆者もまたもつのである。たしかに、大数の法則 からも、多くの住民で構成された自治体は、少ない住民で構成された自治体よりも、その自治体の能力は上回るのかもしれない。しかし、それだからといって、それがつねに保証されるものでもないであろう。

 これに関して櫻井敬子教授は、「地方の実力」問題として、地方公共団体の条例制定能力を例に、「これを「受け皿論」といい、地方分権改革を進めようとする場合につねに問題意識としてのぼりながら、それを言い出すと改革を進められない現実があるため、ずっと封印されてきた問題」 として言及している。

 そこにうかがわれるのは、「1970年代いらいの社会科学における“地域主義”が、自律した経済と政治行政を支える人文地理的単位である「地域」の役割を重んじてきたことの反映が公認されている」 ことである。
 なお、中核市の指定を受けるためのフローチャートは、総務省のHPに概略図として示されている 。

1-2、中核市が地方自治法で制度化された経緯
1-2-1、全国市長会提言と第3次行革審
 すでにふれたように中核市の法的根拠は、地方自治法にもとめられ、その当該条文は、1995年(平成7年)に施行された地方自治法252条の22第1項である。
 それ以前に、指定都市が地方自治法によって制度化されているが、この指定都市を「除いて市を区分して特別扱いする制度は存在せず、市町村は一律に扱うという考えに立って来た。しかし、その後の人口の変動、社会経済情勢の変化から、市町村の間で、人口の面において大きな格差が見られるようになり、それが市の行財政能力の格差につながった。その結果、地方分権を進める上での、権限委譲の受け皿として、すべての市町村ではなく一部の市についてのみ権限委譲を行うべきであるとする案が浮上し、今回の中核市制度につながった」 とする、新たな都市制度導入の案が提起された結果、中核市が制定された。

 その具体的な提言としては、全国市長会が1989年(平成元年)7月に人口30万人程度の都市で、都市機能の集積度や圏域において拠点性が高い都市に対し、現行の指定都市制度と同程度の事務配分を行うべきとしたものが挙げられる。この提言を受け、1989年(平成元年)12月には地域中核都市の考え方が第2次行革審で示され、第3次行革審においてもそれは引き継がれている。それは、指定都市に加えてあらたに、それ以下の人口の市についても特別の分類を行うべきであるとする考えである。

1-2-2、中核市に関する答申
第23次地方制度調査会(会長柴田護)が、平成5年4月19日に行った「広域連合及び中核市に関する答申」では、その第三で「都市の規模能力に応じた事務移譲を含む都市制度のあり方に関する事項」として、「一 中核市制度の創設の趣旨等」として次のように記されている。

 「社会的実態としての規模能力が比較的大きな都市について、その事務権限を強化し、できる限り住民の身近で行政を行うことができるようにして、地域行政の充実に資するため、以下のような内容を有する中核市の制度を創設することが適当である。

 なお、中核市制度を実効あらしめるためには、都道府県の理解と協力が必要であり、その積極的な対応を期待するものである。」としており、「都道府県の反対を押し切ってまで作るものではないことを示している」 とする指摘がある。

 これをうけて、「二 中核市制度の基本的事項」で、(1)中核市の要件として、次の事項を挙げている。
「? 人口(三〇万人以上とすることが適当である。)
? 面積(一〇〇平方キロメートル以上とすることが適当である。)

 さらに、上記?、?の要件を満たす市であっても、人口五〇万人未満の市の場合には、当該地域において中核的な機能を有していることも要件とする。
 なお、これらの要件はできる限り法令において明確に定める。」
 中核市の要件であるが、「人口五〇万人未満の市の場合には、当該地域において中核的な機能を有していること」は、人口50万人以上であれば指定都市となることが地方自治法上可能であるため、中核性の要件を求めるまでの必要はないとの判断によるものと思われるが、法令において明確に定められることはなかった。

 中核市の決定要件としては、1,当該都市の意思に基づくものであること、2,当該都市を包括する都道府県の同意を得ること、3,中核市の決定についての国の関与は最小限のものとすること、が挙げられている。

1-3、中核市要件の変遷
1-3-1、昼夜間人口比率要件の廃止
 中核市の指定を受ける際の要件は、平成7年に制度が創設された当時とくらべた場合、地方自治法では次に記すような変遷があった。
現在に至るまでつづく人口30万人の要件以外にも、面積は100平方キロメートル以上、昼夜間人工比率(人口50万人未満の場合)100超 とする要件が定められていた。

 それが、地方分権推進委員会第2次勧告(平成9年7月8日)において、中核市となる要件の緩和について地方分権推進計画に間に合うよう検討を行うこととされ、地方分権推進計画(平成10年5月29日閣議決定)において、昼夜人口比率等中核市となる要件を見直すための所要の法制上の措置を講じることとされた。

 これを踏まえ、市町村優先の原則の観点から改めて検討された結果、人口と面積の要件だけで相応の都市としての諸機能、行政需要、規模能力等があるものとみられることから、平成11年の地方分権一括法(平成11年法律第87号)の改正により廃止された。

1-3-2、面積要件の緩和
 第26次地方制度調査会答申(平成12年10月25日)において、「権限移譲を積極的に推進するため」、「移譲される事務に関する行政需要のまとまり、これに対応する行財政能力、都道府県の行政サービスの効率性といった観点を踏まえ、人口50万以上の市については面積要件を廃止することが適当である」とされた。
 これを踏まえ、指定都市の要件が人口50万人以上の市とされることのみであり、面積要件が設けられていないことに鑑み、中核市についても面積要件を変更することとなり、平成14年に地方自治法が改正され、中核市の面積要件は緩和された。

1-3-3、面積要件の廃止
 第28次地方制度調査会(平成17年12月9日)において、「市町村合併が推進され、…(略)…基礎自治体の規模・能力は相当拡充される見込み」「指定以後、都道府県行政との関係で特段の問題となるような状況が生じていない」「さらに規模・能力に応じた基礎自治体への事務権限の移譲を進める観点から、…(略)…都道府県行政に関する配慮から設定されてきた面積要件については、この際廃止することが適当」とされた。

 これを踏まえ、地方分権推進の観点から規模・能力に応じたさらなる権限移譲が進められるべきこととされ、中核市の指定に係る面積要件を廃止することとなり、平成18年に地方自治法が改正され、中核市の面積要件は廃止された。

2-1、中核市の仕組み
2-1-1、中核市の事務と権限
 中核市に指定されると当該市が実施する事務は、一般市にくらべて拡大する。指定都市が都道府県に代わって行う事務を中核市も行う。しかし、すべてではなく「都道府県がその区域にわたり一体的に処理することが中核市が処理することに比して効率的な事務」や「中核市において処理することが適当でない事務」は除外され、具体的には地方自治法施行令に定められている。そこには、指定都市が行う18項目のうち「精神保健及び精神障害者の福祉に関する事務」を除く17項目が列挙されている。しかし、児童相談所の設置のように「児童福祉に関する事務」であっても、事務量からみて施設を設置して行うことが非効率であるとの理由で除外されているものもある。

 ただし、一般市が中核市に移行したときに、実際にどの程度の事務が移譲されるか一律ではないようだ。たとえば、新潟市が1996年4月に中核市になったときには、法律・政令に基づく事務547、要綱・通達等に基づく事務210、県単独事業100、合計857の事務が県から市に移管された。それに比して、高槻市では2284項目、堺市では約780項目の事務が大阪府から各市に移管された。
 保健所を設置していなかった市が中核市になった場合には、保健所業務が大きな事務の移管となる。上記高槻市の移管事務が多いのは、その中に保健行政が含まれているからである。また、「中核市であるとの理由で府県の単独事業を市に移管するケースが多い。」 

2-1-2、中核市移行による経費増と財政措置
 中核市になると上述のように事務と権限が拡充するが、当然のことながらそれに伴い経常的経費も増加するため、下記のことが指摘できる。
 第1に、事務移譲にともない経費負担割合が変更される。例えば、保育所運営費は、一般市では保育料を除いた経費のうち国が二分の一、都道府県が四分の一、市が四分の一を各々負担していたが、中核市では都道府県負担がなくなり中核市負担は二分の一に増える。

 このような負担増にたいする財政措置は、普通地方交付税の算定において上積みされる。基準財政需要額の算定の際に普通態容補正の係数が一般市よりも大きく設定され(いわゆる中核市補正)、その結果、基準財政需要額が大きくなり普通地方交付税が増加する。普通態容補正は、歩正計数の一つである態容補正のうち、自治体の行政質量差や行政権能差により異なる補正係数である。例えば、生活保護費では一般市の補正係数に0.002を加えたものになり、社会福祉費でも行政権能差と行政質量差による補正が行われる。ただ、中核市にたいする財政措置はこの普通交付税によるものだけで指定都市のような地方税や地方譲与税・交付金の措置はない。

 第2に、都道府県が単独で行っていた事務事業への都道府県の負担が中止されるケースが多い。これらの事務は国の法令に基づくものではなく、都道府県の単独事業だが、中核市であることを理由に都道府県は中核市に財源を担保することなく事務だけを移管する。都道府県からの補助金等の財源がなくなれば、必要な財源は中核市が一般財源によって負担しなくてはならなくなる。あるいは当該施策を中止したり、財政上の理由から水準を引き上げる場合もある。

第2節 中核市とそれ以外の市
1、都市要覧をつうじてみる中核市とそれ以外の市との比較
 中核市市長会では、中核市と人口要件を満たしながら中核市にならない一般市とを比較し都市要覧を作成している。
 それをみることによって、中核市と人口要件を満たしながら中核市の指定をうけようとしない市との間に顕著な差違が認められるのか否かを本章においてあきらかにしたい。

以下略。